伝統を変えてはいけないという考えには、常々誤解があると思っていました。というのも、そもそもなぜ「伝統」と言われるほど長く続いてきたか?と考えるとどの時代にも必要とされてきたためなのですから、時代に応じてむしろ変えてきている可能性があります。
なので、今見えている「伝統」は変わらなかった結果ではなく、変わってきた結果である可能性が高いです。で、500年続いている老舗羊羹屋さんの虎屋の黒川光博社長が、私の思っていたようなことを言っていて、おもしろいと思いました。
2021/12/25追記:
●変化する虎屋が守る伝統は「衛生重視」…400年前に作られた掟書
●店頭販売も実は虎屋の伝統ではない!得意先からの受注製造が伝統
2023/09/28追記:
●日本は社長も政治家も引き際が悪く高齢者がいつまでも中心 【NEW】
●「一子相伝」なのに社内に親族一人という「虎屋」の謎ルール
2011/10/22:羊羹で有名な「虎屋」の創業は室町時代後期の京都といわれています。1600年頃には既にその名を「虎屋」と定めており、500年続く伝統的な企業です。その虎屋17代目当主である黒川光博社長へのインタビュー記事がありました。
500年企業・虎屋が社内に親族は「一人だけ」にする理由 | 経営新戦略3.0 | ダイヤモンド・オンライン(2017.5.12 多田洋祐:ビズリーチ取締役・キャリアカンパニー長)というものです。
上記を見てわかるように、タイトルになっていたのは、世襲絡みの話。"虎屋さんはいわゆる「一子相伝」で経営を継承"しているにも関わらず、"社内に置く親族の方を「一人だけ」にする"ことになっているのだそうです。
これはもちろん比較的最近の話で、室町時代からそうだったものではありません。黒川社長は、「おそらく何代前かの先祖が考えた」としていました。したがって、これも伝統を変化させたというものですね。
虎屋は、"明治時代に京都から東京へ出てき"ており、これまた変化していること。地元を離れたことで、"支えてくれている周りの人たちを頼らざるを得なく"なりました。その場合に、「すべてを親類や兄弟だけで相談して決めている」といった状況にはなり得ない「一人だけ」ルールは、"社員にとっても透明性があって良い"からではないかと想像していました。
●伝統とは変わらないことではない 虎屋黒川社長「伝統は変化の連続」
一方、私が興味を持ったのは、伝統に関する話。黒川社長は"ある時までは「伝統は革新の連続である」と言って"いたそうです。これは今は言わないようにしているのですが、伝統は変わり続けるものだという考えが変わったわけではありません。
以下のように、「革新」という大げさなものではなく、変化し続けることが当然であるためといった感じでした。 虎屋黒川光博社長は「伝統は変化の連続」と理解しているようです。
<いつからか「いや、待てよ。今やらなければいけないことを、精一杯やっているだけに過ぎないのでは」と思うようになってから、「革新」なんてたいそうな言葉は使わなくなりました>(黒川社長)
●伝統的な企業でも「今までのものを大切に守る」ではダメ
この考え方というのも、実はまた虎屋の伝統というわけではありません。インタビューアーの多田洋祐さんの「その考えは先代から受け継がれて根付いているものなのですか?」の質問に、"「根付いている」というよりは、考えざるを得ない「きっかけがあった」のだと思います"と回答していました。以下のような経緯です。
<1970年代の半ばくらいでしたが、和菓子屋はこの世からなくなっていくかもしれない、という不安に駆られたことがありました。しかし、我々としては、なくすわけにはいかない。
そのとき、それまであった「新しいことをはじめるのではなく今までのものを大切に守っていれば問題ない」という会社の雰囲気や風土、自分の気持ちも含めて、全てに対して疑問を抱きました>
これは和菓子業界についても言えることでしょう。業界に難しい状況が続いていることを認めつつも、黒川社長は、「景気の悪さを理由に、虎屋も含めて全体的な努力不足は否めない」と指摘していました。
●「変化」を求めてフランスに出店
虎屋の起こした大きな「変化」というのは、「1980年のフランス出店」でした。"海外に出た理由としては、これまであまり公にはしていなかったのですが、当時は「日本での事業展開では虎屋に変化をつけられないのではないか」と思っていたから"と説明されています。
「フランス出店」自体が変化ではあるものの、その変化を通じて、虎屋にさらなる変化を起こそうという狙いがあったみたいですね。当時は、"新しいことや変化を求める動きに対してネガティブな空気や後ろ向きな姿勢が社内に蔓延して"いたそうです。
"古くからある会社だからこそ日本国内では新しいことはやりにくそうだ、しかし何かを成さねばその歴史も終わってしまうという不安の中で、虎屋も和菓子も認知の低い異国であれば試せるかもしれないと考えました"とも説明されています。
●海外からの批判があるからこそ得られることもある
本来両立できるものだと思うのですが、伝統を重んじる人は、海外からのネガティブな反応を異常に嫌います。褒める以外をやると、「反日」と怒るのです。ただ、海外の視線が入ることで、得るものも実際には多くあります。
虎屋の場合も、羊羹を「黒い石鹸みたいだ」と言われたものの、"「カラフルで小ぶりなものがいい」「香りのするものがいい」といったフランスの方々の声を直接お聞きすることができ、考え方を変えられたのは得難い経験"だったと言います。
そういえば、過去に書いた話では、
伝統を守らずに攻める異色老舗企業・柿安本店 事業多角化の秘訣でやった、柿安本店も変化を求めていた企業でした。
合併買収などは良い?悪い?上場企業について比較してみると…といった話もやっているように、長く変わらずに需要が続くものというのは、なかなかないのだと思われます。
●変化する虎屋が守る伝統は「衛生重視」…400年前に作られた掟書
2021/12/25追記:「伝統とは変わらないことではない」関連で追記しようかと思ったのですが、それより虎屋の話が求められているのかも…と思ったので、虎屋の話を検索。
コロナで気づいた和菓子の価値 未曽有の逆境で虎屋のトップが考えたこと(前編) | 朝日新聞デジタルマガジン&[and](2021.05.20)というインタビュー記事が出てきました。
新型コロナウイルス問題で虎屋で、リーマンショックでも阪神淡路大震災でもなかったような大きな打撃があったとのこと。この期間を利用して黒川光博会長は、全社員に幾度となくメッセージを配信。感染予防対策についても発信していたのですが、こちらは虎屋の「伝統」を生かしたメッセージだったようです。
インタビューアー <虎屋に伝わる掟書(おきてがき)には「菓子の製造にあたっては常に清潔を心がけ、口や手などをたびたび洗うこと」とあります>
黒川光博会長 <衛生面の重要性を当時から強調していたことがわかります。「口や手などをたびたび洗うこと」と書かれた後には、「人が見ている、いないに関係なく必ず励行しなさい」と念を押しています。この掟書は、天正年間(1573~92)に内容が形作られたといわれています>
ただ、新型コロナウイルス問題では「専門家が言うような対策をしていたら商売にならない」と変化することを拒む飲食店も多く、なおかつそれを支持する人もかなりいたことを思い出しました。どうも変化すべきところと、変化しないでいるべき大事なところを間違えている人はかなり多い気がしますね。
●店頭販売も実は虎屋の伝統ではない!得意先からの受注製造が伝統
一方、今回のインタビューでも伝統を守らずに変化という話が出てきます。インタビューアーの古屋聡一さんが以下のように、17代・黒川光博会長の前の2代・15代黒川武雄さん、16代の黒川光朝(みつとも)さんも経営危機があったときに、伝統にはない変化を加えてピンチを切り抜けてきたことを指摘していました。
<虎屋の歴史を振り返ると、黒川会長の祖父、15代の武雄氏は関東大震災で経営危機に陥りましたが、得意先からの受注製造のみだったビジネスモデルを改革し、新たに店頭で商品を売り始めました。父親で16代の光朝(みつとも)氏は敗戦後、砂糖が手に入りにくい時代に配給パン製造を手がけました>
今回の変化がうまくいくかどうかはわかりませんが、新型コロナウイルス問題では自社サイトなどでの通販にを拡充。「コロナで外出の回数を減らしている。外出するときにまとめて生菓子を買いたいけれど、消費期限内に食べきれない」という声にこたえて、生菓子の冷凍保存を紹介する…といったこともしているそうです。
●日本は社長も政治家も引き際が悪く高齢者がいつまでも中心
2023/09/28追記:えらく間が空いたのですけど、前回記事の後編
先のことはわからない 与えられた場所で最善を尽くす 虎屋会長が語る500年の歴史をつなぐ心構え(後編) 朝日新聞デジタルマガジン&[and](2021.05.21)を今さら読んでみました。
虎屋は記事の時期に社長交代。新型コロナウイルス問題でピンチのタイミングで息子に譲った理由として、黒川光博さんは「むしろ変化への対応だからこそ若い感性を」と説明。前回オンラインショップの試みの話がありましたが、77歳の自分だと「いくらがんばっても追いつけない」とおっしゃっていました。
大事だな…と思うのは、<ビジネスも政治の世界も、引き際は大切ですね。日本では「あなたじゃないと無理ですよ」などと言われて、ついついその気にさせられてしまって、退けないベテランの高齢者は少なくないんじゃないかと思います>という話です。
この虎屋の場合は世襲ですので選択肢に困らないため、そこらへん楽ではありますが、カリスマ経営者と言われるような人って、後継者づくりとか、次の人へのバトンタッチってめちゃくちゃ下手なんですよ。最近だと、セブンの鈴木敏文さんとか、ソフトバンクの孫正義さん。虎屋の77歳で交代もあまり早くはないんですけど…。
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