「あんたたちのビジネス、詐欺まがいでしょ。ですから口座を凍結します。お客さんからの送金は引き続き受け入れておくけれど、そのお金を引き出すのは調査が終わってから」 米国でビジネスを始めてしばらく経ったころ、利用していたオンライン決済サービス会社から手紙が届いた。原文は英語だが、読んだ私が受けた印象を加えて翻訳すると冒頭のような内容であった。 びっくりした。全く思い当たる点がなかったからだ。 |
口座凍結を告げる手紙に書いてあったペイパルの電話番号に早速電話をした。自動応答システムでかなり待たされた後、やっと出てきた人からの回答はこうだった。 「ペイパルの利用を始めてまだ短期間なのに取引ボリュームが妙に多い。取引あたりの金額も大きい」。だから詐欺の疑いがあるという。 「そんなことは仕方ないでしょう。実際に注文が来ているんだし。テレビを売っているから一取引の額は大きくなります」と怒鳴ってみたが何ら効果はなかった。電話の相手は壊れたレコードのように「とにかく必要書類を提出してください」と繰り返すだけであった。 仕方なくペイパルが要求する書類を揃えることにした。書類とは商品の出所を証明するもの、つまり盗品ではないことの証明である。仕入れ先の会社からの請求書とこちらの支払い証明を取り揃えてファクスを送信、返事を待った。 するとペイパルは「口座保有者の身分証明が必要」と言ってきた。適応する書類をコピーし、またファクスを送信する。数日待つものの返事なし。ファクスが届いてないのかと不安になり、ペイパルへ電話をかける。 「ファクスは受け取ったが少々問題がある」と言われた。今度は何かと思いきや、続いて聞かされた発言には仰天した。 「あなた米国籍じゃないでしょ」。 確かに日本国籍である。それを言われるとどうしようもない。だが、ひどい差別ではないか。 「どうしろというのか」と怒鳴ると先方は「これこれしかじかの書類を提出して、あなたとあなたの販売商品に全く問題がないことを証明しないといけない」とのたまった。 そもそもペイパルが凍結しているお金は私(と夫)のお金であってペイパルのお金ではない。自分のお金を引き出すのに、証明義務がなぜこちらにあるのか。極めて不可解だった。勝手に人のお金の引き出しを凍結しているのだから確固たる証拠をペイパル側が証明すべきだ。そんなことを電話口で怒鳴ってみたがこれまた無駄骨だった。 「180日間、口座をホールド(凍結)する。その後出金可能になる」と通告され、不毛な会話は終わった。 ペイパルとのやり取りに関して「怒鳴った」という表現を使ってきた。厄介な交渉をする際の私の会話術は「とりあえず怒鳴る」と「本来使うべきではない言葉で威嚇する」の2本立てである。後者については日経ビジネスオンラインに書くことができない。 この会話術は人見知りの性格と語彙力のなさをごまかす手法として編み出したものだ。5年も米国に住んでいるのに情けない限りである。もっとも夫が取引先を怒鳴っている時の言い方を聞くと単語の9割がここには書けない言葉なので「アメリカの交渉とはそういうものだ」と割り切ることにした。 |
ペイパルとやり合いながら気づいたことがある。相応の金額を複数の販売会社から受け取り、半年もホールドしているとなると、そこから得られる利息収入は相当なものになるはずだ。 調べてみるとペイパルの口座凍結期間180日というのは書類をすべて揃えてからのことで、それまでに何度も何度も書類のやり取りが繰り返される。書類が揃わないとホールド期間は実質180日を超えてしまう。 ホールド期間終了後に販売会社が出金できるのは残金のみである。ホールドされていた間に生まれたであろう利息は一切もらえない。ペイパルにとっては利息が入る上に、ホールドしている分だけ資産金額が増える。財務諸表の見栄えがよくなり、株式市場でも評価を上げるはずだ。 ひょっとすると「バイヤープロテクション」(利用者保護)を盾に、それを逆用して計画的に収益を上げているのではないか。口座凍結に腹を立てていた当時、こう考えてしまった。 こんな理不尽な経験をするのは私だけのはずではないと考え、夫と共にインターネットで少し調べてみた。多くの販売会社がペイパルに口座を凍結されており、彼らは不満やうっぷんをブログなどで晴らしていた。 どうやら実際に詐欺がよく発生する商品カテゴリー(家電、コンピューター、ギフトカードなど)に出品する販売会社が犠牲になるケースが多いようだ。私達のように薄型テレビを超格安で販売しているとフラッグをたてられやすい。 いくつかの販売会社の訴えを取りまとめて集団訴訟を手掛けている法律事務所もあり、なかなか考えさせられた。訴状をみてみると私達の思ったとおりの内容であった |
ペイパルが半年間も他人のお金を保持できるのは、ペイパルが銀行業ではないことが大きい。銀行であれば法令でかなり厳しく制限があるものの、ペイパルはオンライン決済ゲートウェイであり銀行扱いされず消費者保護法が適用されないらしい。 ペイパル口座を開設する時に規約を読まされる。それをacceptすると、ペイパルがホールドすることまでacceptしてしまう。口座開設規約は通常長く難解な文章になっているので大抵の人はすべてを読むことなく「accept」ボタンをクリックしてしまう。 ペイパルを銀行業とみなし規制をかけようとする動きもあるらしい。ニューヨーク州の議員Chuck Shumerなどは実際にペイパルがこの口座ホールドで利益を得ているかどうか、それによって株価へも影響を与えさせているかどうかの調査をするように働きかけている。 ただし米国では、とりあえず大企業宛に訴訟を起こして名を上げようとしたり、多額の賠償金を狙う弁護士や消費者が多くいる。訴状が出ているからといって「やっぱりペイパルは悪い」と決めつけるわけにはいかない。 ホールド期間を21日にするという規約改正を行うなどペイパルも色々と改善を進めているようだ。 ペイパルとしては、詐欺が多いので注意を徹底していたところ、こうなってしまったということなのかもしれない。 |
友人のアンに「機会があったら、今度はアメリカのどの街に住みたい?」と聞かれたので、「今度もワシントンDCの郊外かな。外国人が多くて国際色豊かだから、マイノリティでも暮らしやすいし」としごく当たり前の返事をしたんだけど……。アンは、驚きで目を丸くしながら、「えーっ、あなた、自分のことを『マイノリティ』って感じてたの?」だって。 おいおい、何を今さら! 見てよ、この髪、この肌。どこから見ても完璧なアジア人。おまけに英語は下手だし、市民権もない。もう、この国じゃ正真正銘のマイノリティよ。だいたい、英語に不自由ない、アメリカ生まれの高学歴のアジア系アメリカ人ですら、「ガラスの天井」ならぬ「バンブーシーリング」(竹の天井。竹はアジアのイメージらしい)のせいで、出世も頭打ちになるって言われてるのに。 つい熱っぽく語っちゃった。「私だって、白人ばかりの片田舎でレストランに入ったら完全に無視され、注文すら取ってもらえなかったこともあったよ。アメリカ人の夫を持つ日本人の女友達なんか、『DC界隈ですら、夫と一緒の時と夫がいない時では、レストランでの扱いが違うのよー』って腹立ててるもんね」 アンは「移民大国アメリカは外国人に受容的なはず」と信じてたみたい。おまけに彼女にとっての「マイノリティ」は、アメリカに到着したばかりの貧しい移民や、人種差別された長い歴史を持つアフリカ系(黒人)であって、自分と仲良しで能天気な日本人駐在妻(つまり私)までが、自分を「マイノリティ」と感じて暮らしてるとは思わなかったんだって。 |
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