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森達也の死刑廃止論と加害者の人権問題 ~人権の制限は許されている~


 “殺された被害者の人権はどうなる?”このフレーズには決定的な錯誤がある(要登録 ダイヤモンド・オンライン 2012年2月2日 森達也)を読んでいろいろ書きたくなりました。

 とりあえず、本論じゃないんですけど、賛同した部分はこちら。

在日外国人の検挙人員は、ここ20年で約半減している。ところが土本は、 2006年の来日外国人犯罪の総検挙数が、(前年と比べたら減少していることには言及しながらも)10年前の1996年における総検挙数と比較すれば、件数は約1.5倍に、そして人員は約1.6倍に増大していると指摘しながら、「懸念すべき状況にある」と書いている。

 この10年に区切るのなら確かに増えている。当たり前だ。だって来日する外国人の数が、この10年で3割から4割ほど増えている。でも警察庁の犯罪統計は、このデータにまったく触れていない。

 来日外国人犯罪の総検挙数の方が来日している外国人の数より増え方が上回っている(この事実には触れられていませんので記事はアンフェアです)のですが、外国人だけに罪を押し付けているのは本質じゃないというのは賛成します。


 しかし、上記の来日外国人犯罪の総検挙数の部分は、以降とは関係のない文章で、

"月刊誌『WEDGE』で見かけた土本の寄稿エッセイ《外国人の「犯罪天国」日本》の論旨があまりに粗雑で結論ありきの文章だと感じたから"

 ということで、「土本武司・筑波大学名誉教授は間違ったことばかり言っている」と植えつけるための印象操作の部分です。

 ただ、私も疑問に思っていたところなので紹介しておきたかったです。


 本題の方は外国人犯罪は全くの無関係ですし、土本名誉教授も脇役であり、中心ではありません。

11月27日、京都産業会館で開催されたシンポジウム「第41回 憲法と人権を考える集い」(主催京都弁護士会)に、僕と土本は、パネラーとして参加することになった。

(中略)

 催しの第1部では、地元の京都宇治高校の生徒たちによる死刑制度についてのレポート「高校生からの調査報告」が行われた。

(中略)

高校生たちは1時間余りのレポート発表を終えた。ニュアンスとしては死刑制度への懐疑が色濃い結論だった。(中略)最後に高校生たちが一列に並んで頭を下げたそのとき、客席から罵声が飛んだ。

「被害者の人権はどうなるんだ!?」

(中略)

 ネットや週刊誌などでも、死刑反対を訴える弁護士や知識人たちへの反論として、「殺された被害者の人権はどうなるんだ?」は、ほぼ常套句のように使われるフレーズだ。ならばもう一度反論しよう。

 このフレーズの前提には、(治安悪化を理由に厳罰化を正当化するロジックと同じように)決定的な錯誤がある。

 高校生たちは「被害者の人権を軽視しましょう」などとは発言していない(当たり前だ)。ただし加害者(死刑囚)の人権について、自分たちはもっと考えるべきかもしれないとのニュアンスは、確かにあった。そしてこれに対して会場にいた年配の男性は、「殺された被害者の人権はどうなるんだ?」と反発した。つまりこの男性にとって被害者の人権は、加害者の人権と対立する概念なのだ。

 でもこの2つは、決して対立する権利ではない。どちらかを上げたらどちらかが下がるというものではない。シーソーとは違う。対立などしていない。どちらも上げれば良いだけの話なのだ。ところが加害者の人権への配慮は被害者の人権を損なうことと同義だと思い込んでしまっている人が、あまりに多い。いつのまにか前提になってしまっている。

 大きな事件や災害が起きたとき、この社会は集団化を強く求める。そしてこのときに集団内部で起きる現象のひとつが、構造の簡略化や単純化だ。 911後のブッシュ政権や同時代の小泉政権を振り返れば、その傾向は明らかだ。例えば黒と白。敵と味方。右と左。善と悪。そして加害者と被害者。つまりダイコトミー(二項対立)だ。

 発達したメディアによって単純化はさらに加速される。なぜならば単純化したほうが視聴率は上がり、部数が伸びるからだ。要するに雑誌の中吊り広告の見出しだ。こうしてあらゆる要素は四捨五入され、グレーな領域は切り捨てられ、二進法のデジタル世界が現出する。善と悪はそれぞれ肥大し、正義や大義は崇高な価値となり、悪人は問答無用で殲滅すべき対象となる。

 僕たちは今、そんな世界に生きている。

(中略)

 二項対立は概念だ。現実ではない。あらゆる現象や状況は多面的で多層的で多重的だ。僕の中にも善と悪がある。あなたの中にもある。とても当たり前のこと。でも集団化が加速するとき、二項対立が前提になる。明らかに錯誤だ。多くの人はその矛盾に気づかない。立ち止まってちょっと振り返れば気づくのに、集団で走り始めているから振り返ることもしなくなる。

 今回は最後に、編集担当の笠井から原稿送付後に送られてきたメールの一部を貼りつける。

" 被害者や遺族の感情を慰撫するのは、その人たちの気持ちを代弁することではなく、その人たちの感情に寄り添う努力をすることではないでしょうか。辛いと言っている人を見て、「この人は辛いんだぞ! なんでわかってやらないんだ」と叫ぶのはやはり違うと思います。そもそも第三者の気持ちを代弁することなどできないはずです。

 誰かがしている酷い行いに対して憤りを感じるのは当たり前ですし、それを第三者が「私は許さない」と考えるのも自由です。ですが、あくまでも主語は「私」であるべきで、「被害者の人権はどうなる?」と叫ぶのは違う気がします。"

 僕も違うと思う。でもこの国では今も、その叫びが日々大きくなっている。

 私は頭の回転が遅いので面と向かった議論みたいなのは苦手だなと思いますが、読み終えた直後はとりあえず何かおかしい気がするけどよくわからないという状態でした。

 ただ、5分ほど考えてみると、いろいろと変だなと思うところを書きだすことができました。


 軽いところから行くと、引用部にある「私は許さない」は誰も言っていません。そんなことを言い出すと、あなたが「私は許す」と言っているだけでしょということで、死刑制度とは何の関係もないと言われればそれまでです。

 「私は許さない」は「私は許す」と等価であり、片方だけが非難されるものではありません。

 これも印象操作でしょう。


 それから、そもそもどこまでが人権の侵害なのか?ということです。

 捕らえられ殺された独裁者にイラクのフセイン大統領とリビアのカダフィ大佐がいますが、カダフィ大佐は裁判すらありませんでした。こちらは人権侵害と言って良いでしょう。

 また、フセイン大統領も裁判に問題があったというようなことは言われています。

 では、二人ともきちんと裁判を行なって、刑務所でも人権を尊重されていて、かつ苦しみの少ない方法(土本名誉教授は「絞首刑はあまりに残虐である」と繰り返していたので、これがこの記事で利用されていました)での死刑が執行された場合、それでも人権侵害と言うのでしょうか?

 彼らについては例外と認めた時点で、それは死刑廃止論ではなくなってしまいます。


 仮にどんな方法だろうと死刑になる時点で人権侵害だと言うのなら、根拠は何なのでしょう?

 刑務所に入れたり、さらに言うなら逮捕や拘束をする時点でも、その人はかなりの制限を受けているわけですが、それも人権侵害なのでしょうか?

 それとも、どこかで線引きがなされるんでしょうか?


 私は逮捕の時点で既に、一部の人権が制限されていると考えています。

 そして、これは他の人たちへのさらなる人権侵害を食い止めるために行われる必要最小限の措置として、公に認められていると考えています。

 かと言って、刑務所の人たちに不必要に差別的な行為をすることを、許しているというわけではありません。

 ですから、加害者の人権は一分たりとも傷つけてはならないという問題ではなく、どこまで制限が許されるかという問題です。

 おそらく死刑存置派と死刑廃止派の間で、まず人権の定義と言うか、人権侵害でない範囲が異なっているんだと思われます。


 以上は単なる私の考えですので、参考のためにWikipediaを見てみると、以下のようにありました。

人権蹂躙(じんけんじゅうりん)または人権侵害(じんけんしんがい)とは、国家権力(特に「公権力」を行使する行政主体)が憲法の保障する基本的人権を犯すことをいう(現代的な法律学の講学上の定義。(「#私人間での人権侵害」)。

現代の法律学の講学上の定義による「人権侵害」とは、憲法の保障する人権を国家が侵害することをいう。例えば、正当な理由もしくは手続なしに個人の自由を奪ったり刑罰を与えたりすることを指す。

 ですから、正当な理由・手続きを経て行われる「個人の自由を奪ったり刑罰を与えたりすること」は人権侵害ではないのでしょう。

 繰り返しますが、こういう言語の定義で共通理解を持たないと、話し合いになりません。


 記事に戻りますが、一番ミスリードだなと思ったのは、「被害者の人権」についてです。

 森達也さんが「加害者(死刑囚)」と書いているように、この場合被害者は死んでいるわけです。人権はもうこれ以上ないくらいに傷つけられていて、これ以上プラスにもマイナスにもならない状態です。

 ですから、

"(被害者の人権と加害者の人権は)どちらかを上げたらどちらかが下がるというものではない"

 というのは間違いではないのですが、当たり前のことです。

 おそらく森達也さんは「加害者の人権を尊重しても被害者の人権が傷つくわけではない」というのを意図していたのでしょうが、それ以前の問題です。

 被害者の人権がメーターの最大限まで侵害されているからであり、これ以上悪化も回復もしようがないのです。


 私は死刑廃止論で最もわかるのは冤罪の問題だと書き、死刑廃止派に有利なものも多数書いています。ということで、私はどちらかの派閥に与するものではありません。

  ■最も理解できる死刑制度廃止論 冤罪による反対意見
  ■死刑が執行されたが、冤罪、誤判の可能性がある事件 ~藤本事件~
  ■死刑判決を受けたが、誤判が認定された冤罪事件1 ~免田事件、松山事件~
  ■死刑判決を受けたが、誤判が認定された冤罪事件2 ~島田事件、財田川事件~

 これは冤罪による死刑が執り行われた場合、償いのしようがないからなのですが、同様に殺された被害者の人権もまた取り返しがつきません。

 日本の場合は一人殺しても死刑にはならないと言われていますので、多くの場合被害者はそれ以上と思われます。

 「被害者の人権はどうなるんだ!? 」という罵声(という表現も印象操作です)を浴びせた人がどういう意図だったかはわかりませんが、被害者たちにそのような取り返しのつかないことを行った加害者にどのような刑罰がふさわしいか?(発言者は死刑を置いて他にないと思っている)という話です。


 森達也さんは

"高校生たちは「被害者の人権を軽視しましょう」などとは発言していない(当たり前だ)"

 と書いていますが、同様に罵声を浴びせた人も「加害者の人権を軽視しましょう」などとは一言も言っていません。


 この人権の捉え方が一致していないことと、被害者の人権はもうこれ以上どうしようもないのだという事実は認識すべきです。

(なお、遺族感情については今回触れませんでしたので、死刑制度廃止論者でも、嬉しい殺人はあるをご覧ください。こちらも私は無視しかねます)


 関連
  ■最も理解できる死刑制度廃止論 冤罪による反対意見
  ■死刑が執行されたが、冤罪、誤判の可能性がある事件 ~藤本事件~
  ■死刑判決を受けたが、誤判が認定された冤罪事件1 ~免田事件、松山事件~
  ■死刑判決を受けたが、誤判が認定された冤罪事件2 ~島田事件、財田川事件~
  ■死刑制度が廃止されている国の数
  ■その他の文化・芸術などについて書いた記事

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