ショーペンハウアーから強い影響をうけたニーチェは、ショーペンハウアー批判の過程において、同情の道徳性を強く批判するようになる。同情の概念の批判がある時期、ニーチェの思考を導いていたことは、ニーチェの著作の多くに同情批判が登場することからもうかがえるだろう。ニーチェは同情の概念をキリスト教の隣人愛の批判を背景としながら批判してゆく。 (中略) ニーチェはこの同情心としての隣人愛のもつある弱さに注目する。第一に、この同情としての隣人愛は自己からの逃避である。「君たちの隣人愛は、君たちの不十分な自己愛である」。「君たちは自分自身から隣人へと逃避し、そのことを自分の徳にしたがる」。自分を十分に愛せないがために、自己をみつめることができないために、苦しめられている隣人を助けようとするのだと考える。 それどころか、隣人愛は自己への憎悪の現れであるかもしれない。自分を憎み、せめて隣人からの感謝の気持ちで、自己への憎悪をごまかそうとするのかもしれない。「君たちは、自分自身に我慢がならず、自分を十分に愛していない。そこで君たちは隣人を誘惑して自分に好意をいだかせ、隣人の思い違いでもって、自分を金めっきしようと欲するのだ」ということになる。 (中略) この自己への愛とは、ルソー的な自己愛でも利己愛でもない。それは自己のうちに隠された創造的なものへの信頼であり、自己のうちから生まれてくるものへの愛である。ニーチェにとって、自己そのものが貴いのではなく、没落をすら意欲しながら、より高くものを求める心が貴いのである。 |
同情が危険であるのは、それが「抑圧的に作用する」からであり、同情される側にとっては、これは恥辱として感受されるかもしれないからである。同情されることは、同情する者よりも低い地位にあるとみられることであり、同情の涙はしばしば上からこぼれ落ちてきて、下にいる者はその涙を浴びざるをえない。だからこそ「高貴な者は、自分[の同情心]を戒めて、人に恥ずかしい思いをさせないように心掛ける」のである。 (中略) カントは「同情するわたしが好き」という心の動きを道徳性の原理から批判したが、ニーチェはその感情に潜む快楽を暴きだす。 |
実験ではまず8人の協力者を募り、精神病患者と偽って精神病院に潜り込ませることを計画した。そしてローゼンハンは8人に対してそれぞれ別の病院で受診し、医師の問診に「声が聞こえるんです。その声は『ドサッ』って言うんです」と答えるよう指示を与えた。 ただし、「『ドサッ』と言う声が聞こえる」とウソをつくこと以外は、すべて正直に答えることとし、行動も普段通りの行動を取るように指示した。さらに実験の協力者たちは、医師から何らかの薬を与えられた場合には、のみ込まずにトイレで吐き出せるよう訓練を重ねたうえで、病院で受診した。 その結果、8人全員に「妄想性統合失調症」などの診断が下され、8人とも入院することになった。 偽の患者である8人の中には、入院生活に耐えきれず、「心理学の実験で受診した。本当は病気ではない」と主張した者もいた。ところが、医師たちは彼らを退院させるどころか、病状が悪化していると診断した。彼らの症状が「治った」と診断されて退院するまで平均3週間かかったという。 ローゼンハンはこの実験の結果を踏まえて、「狂気というラベルは狂気を生み出す。脳の状態が診断されるのではなく、診断が脳を作る。脳が私たちを作るのではなく、私たちが脳を作る。私たちは恐らく、この肉体につけられたラベルによって作られている」と結論づけた。 つまり彼は、「ステレオタイプな考えが、ステレオタイプな考えに基づいた事実を作り出している」としたのである。 |
実は、ローゼンハンのこの実験には続きがある。 実験の後、「本当は心理実験だった」ことを知らされた医師たちが、ローゼンハンに挑戦状をたたきつけたのだ。 「実験協力者を3カ月の間に、精神障害がある人として何人でも送り込んでみなさい。偽者を見破ってみせます。どうぞご遠慮なく」と。 そして3カ月後、医師たちは「41人の偽患者を見破った」とローゼンハンに報告した。 ところが、ローゼンハンは1人も偽者を病院に送り込んではいなかった。医師たちが精神障害者たちに対するステレオタイプな考えを封じ込めて診断した結果、今度は本当に精神を病んでいた患者を見逃してしまったのだ。 このことは、医療スタッフが抱く「精神障害者に対するステレオタイプな考え」は「精神障害に苦しむ人を適正に診断し、彼らをすぐに医療で保護するために必要なものだ」という別の結論をもたらしたのである。 ステレオタイプ的な考えは、“ありもしない事実”を作り出す危険な考えであるとともに、事実を見逃すことを避ける大切な考えでもある、というわけだ。そのため、一概にステレオタイプを否定することはできない。 |
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