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二松学舎大・中山政義学長に盗用疑惑 正当な引用か?


 二松学舎大の話をまとめ。<福澤諭吉の慶應義塾に匹敵!夏目漱石や犬養毅首相を輩出>、<漢文を学ぶなんて親中左翼大学!と思いきや、軍官が多数出る>、<二松學舍大学は、私立では数少ない書道専攻がある大学>などをまとめています。

2023/11/01追記:
●二松學舍大学の元となる漢学塾を起こした三島中洲はどんな人?
2023/11/11追記:
●二松學舍の前に作った経国文社は三国志・曹丕の書籍が由来 【NEW】


●二松学舎大・中山政義学長に盗用疑惑 正当な引用か?

2023/09/08追記:中山学長の研究業績に係る調査委員会についてというリリースが出ていました。「学長の研究業績の疑義に関する調査について、9月5日(火)に第1回の調査委員会が開催されました」といった説明があります。

 この件以前書いた気がしたのですけど、ブログ内検索をしても出てきません。忙しいときで後から書こうと思っていたのに忘れたっぽい感じ。「確かニュースになっていたはず」と今ニュース検索してみると、トップの疑惑で揺れる二松学舎大 学長の著作に指摘が相次ぐわけ | 毎日新聞(毎日新聞 2023/6/22 05:31(最終更新 6/22 05:31))という記事が出ていました。

<合法的な引用か、否か――。二松学舎(にしょうがくしゃ)大(東京都千代田区)が、トップの著作物を巡って揺れている。中山政義学長(66)が執筆した書籍や論文に、他の専門書などと酷似する記述があるとの指摘が寄せられ、大学側が調査に乗り出す事態になったのだ>

 調査対象の一つになっているのは法学の入門書「法学―法の世界に学ぶ―」(成文堂)。大学で初めて法を学ぶ学生のため、二松学舎大の教員が編集・執筆して2017年に刊行、23年に改訂されたものだそうです。国際政治経済学部の教授らによる共著で、中山政義学長が執筆者代表を務めていました。

<酷似が指摘されている箇所は、例えば以下のような記述だ。
「近年、世界の先進国では、製造物の欠陥から生じた被害に対して、製造者に非常に厳しい責任を課す傾向にある。とくに過失を問わずに製造者の責任を認める無過失責任化の動きが、判例や立法を通して広がってきている」
 これに対し、「判例・事例でまなぶ消費者法」(有斐閣、94年)の記述は以下の通りだ。
「近時、世界の先進国では、製造物の欠陥から生じた被害に対して、製造者に非常に厳しい責任を課す傾向にある。とくに、過失の有無を問わずに製造者の責任を認める、いわゆる無過失責任化の動きが、判例や立法を通して広がってきている」>

 確かにほぼいっしょな内容。こうした記述の酷似が、他にも複数見つかったそうです。一方、「参考文献」として有斐閣の書籍は明記。本文中ではカギ括弧を付けるなど引用部分を明示せず、注釈もなかった…ことをどう捉えるかですね。厳密に言えば、引用というのは、引用であることを明示しなくてはいけません。


●福澤諭吉の慶應義塾に匹敵!夏目漱石や犬養毅首相を輩出

2023/09/17追記:私は「二松学舎大」という名前を見たときに、新しい大学がつけそうにない古風な名前なので、伝統ある大学かな?と思いました。実際、毎日新聞も「伝統の学び舎(や)に何があったのか。」なとと書いています。「皇居の北西、千鳥ケ淵近くに二松学舎大はある」という時点で何やら由緒正しさを感じますわ。

<1877(明治10)年に設立された前身の漢学塾・二松学舎では夏目漱石や元首相の犬養毅らが学び、戦後の1949年に大学となった。「日本漢学研究センター」を持つなど漢文研究に定評があり、国語科の教員を多く輩出していることでも知られる。>

 二松學舍大学 - Wikipediaによると、二松學舍は、1877年(明治10年)に三島中洲が東京麹町一番町(現・東京都千代田区三番町)に開いた漢学塾にはじまるそうです。1881年には二松學舍の塾生は300名を数え、福澤諭吉の慶應義塾や中村敬宇の同人社などと肩を並べるほどであったそうです。

建学の精神(舎訓)
<二松學舍にある『育英』の精神は、西洋文化の摂取を汲々としている時節を憂えた三島が、東洋文化を学ぶことこそわが国本来の姿を知りえるとして『己ヲ修メ人ヲ治メ一世ニ有用ナル人物ヲ養成スル』ことで東洋学の確立と新時代を担う国家有為の人材の育成を目指したことにある。 >

 なお、二松の名は不変の節操、堅貞を象徴する松の木が庭に二本あったこと、また韓愈『藍田県丞庁壁記』によれば学び舎としての意味を持ち、学舍として後の世まで続くことを願い名付けられたとのこと。現在の二松學舍大学は、二つの学部、二つの研究科ということで、意図的なのか、「二つ」で揃っていますね。


●漢文を学ぶなんて親中左翼大学!と思いきや、軍官が多数出る

2023/09/28追記:前回の「福澤諭吉の慶應義塾に匹敵」といった話は出典があり、<教育学術新聞 : 教育学術オンライン 第2462号”. 日本私立大学協会>からの引用とのこと。ただ、全体としては出典がない部分が多く、「正確性に疑問」というタグがついているページでした。

 なので、どれくらい信頼できるかはわかりませんけど、ほかも見ていきます。以下の「学風および特色」の説明もおもしろいですね。試験に漢文を用いていたため、この関係の人材を輩出。そもそも1877年(明治10年)に創設した漢学塾・二松學舍が起源のところですからね。

 この漢文絡みで司法官が多い…というのはなんとなくわかりますが、<司法省法学校、陸軍士官学校などが当時、試験に漢文を用いたことから塾生には司法官や軍官が多かった>とあり、意外なことに軍官も多かったといいます。最近になって右派の知識人とされる人が「漢文を学ぶと親中が増えるから廃止!」と言い出したのですけど、かつてはむしろ右派思想バリバリな軍官に漢文の知識は必須だったようです。


●二松學舍大学は、私立では数少ない書道専攻がある大学

2023/10/16追記:すでに出てきた話と重なりますが、二松學舍大学は、三島中洲が東京府麹町(現・東京都千代田区三番町)の私邸内に1877年(明治10年)に創設した漢学塾・二松學舍を起源とする大学。かつては柏と九段に学舎が分かれていましたが、2009年に大学機能を九段に集約したそうです。

 これもまた前述の通り、二松學舍大学は、漢文研究に特徴がありました。一方で、三島中洲は書道興隆にも尽力し、私立では数少ない書道専攻がある大学でもあるとのこと。「現代書道の父」とも呼ばれる日本の書道家・比田井天来も、この二松學舍で学んだそうです。

 またまた以前も書いた話ですが、夏目漱石もここの出身。当時の様子は夏目漱石の『落第』に記されているそうです。この夏目漱石と、三島中洲の弟子であり後に二松學舍の校長となる山田済斎は同年の1867年生まれで、ともに二松學舍で三島中洲に学んでいたといいます。


●二松學舍大学の元となる漢学塾を起こした三島中洲はどんな人?

2023/11/01追記:二松學舍大学の元となる漢学塾・二松學舍を起こした三島中洲ってどんな人?ということで、こちらのウィキペディアも少し読んでみることに…。以下のように、いろいろなことをやっており、役職名がずらりと並んでいます。

<三島 中洲(みしま ちゅうしゅう、文政13年12月9日(1831年1月22日) - 大正8年(1919年)5月12日)は、江戸時代末期から大正時代の漢学者、東京高等師範学校教授、新治裁判所長、大審院判事、東京帝国大学教授、東宮御用掛、宮中顧問官、二松學舍大学の前身となる漢学塾二松學舍の創立者である。重野安繹、川田甕江とともに明治の三大文宗の一人に数えられる。正三位。大東文化協会初代理事長。
 本名は毅で、字は遠叔、通称貞一郎、中洲は号。 >

 ウィキペディアでは、上記に続けて、<地元の名族三村氏の子孫を称した>と説明。ただし、その地元というのがどこなのかが書かれていません。以下に引用したその次の項目部分を見ると、どうやら現在の岡山県の出身のようですね。また、儒学に深く携わっている様子も見られました。

<1830年備中国窪屋郡中島村(現岡山県倉敷市中島)に生まれる。1843年、備中松山藩の山田方谷に、1852年からは伊勢国(三重県)津藩の斎藤拙堂に儒学を学んだ。
 1854年の黒船来航の際は江戸に出向き、危機感を抱いて著した書物が認められ、帰郷すると藩への出仕を勧められた。翌年には再び江戸に上って昌平黌(引用者注:しょうへいこう。昌平坂学問所の別称。儒学・漢学中心で当時最高の教育機関)に入り、佐藤一斎や安積艮斎に師事、1859年、故郷に戻り、藩校有終館で(引用者注:儒教の一派である)陽明学を教えた。中洲は儒学を重要視する一方、技術面では西洋の良いところを取り入れることを献策していたため、尊皇攘夷思想たちには疎んじられていた。
 明治維新後は政府の大審院判事に取り立てられたが、やがて政府の財政難によって退職し、自宅に漢学塾二松學舍を創設し、二松學舍大学のもとを築いた。>


●二松學舍の前に作った経国文社は三国志・曹丕の書籍が由来

2023/11/11追記:もう一回、三島中洲のウィキペディアから。結構長くて文章量の多いページなのですけど、私が気になったのは「漢学」と「書道」です。このうち、「漢学」については、「漢学の再興」という項目がありました。

漢学の再興
<明治10年(1877年)9月に中村敬宇、重野安繹、川田甕江、鷲津毅堂、阪谷朗廬、川北梅山、南摩綱紀らと邸内に経国文社を興す。経国文社の名は曹丕『典論』の「文章経国之大業、不朽之盛事(文章は経国の大業にして、不朽の盛事なり)」に因み、師斎藤拙堂から教訓として「経国之大業」なる書が贈られた。そして10月10日、48歳のとき、東京府麹町区一番町43番地に漢学塾二松學舍を創立した。>

 経国文社の名は曹丕『典論』にちなむ…という話がありましたが、この曹丕というのは、あの三国志の曹丕。父の曹操の方が有名ですが、「三国」のひとつ魏は曹丕の代からで、三国志では超重要人物です。あと、もう一つ、書道に関しては、「書道への支援」という項目がありました。

書道への支援
<生涯にわたって書道興隆に尽力し、のちに現代書道の父となる比田井天来が二松學舍の舎生となる。全国に天来の師である日下部鳴鶴が書を、三島が撰文した碑が数多く残されており、また三島自身多くの書を揮毫した。二松學舍には天来のほか、日本芸術院賞を受賞した鈴木翠軒、山田正平、浅見筧洞のほか、上田桑鳩、田代秋鶴など多くの書家が在籍していた>


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