2009/8/19:
●鎖国の元となったドイツ人の本、むしろ鎖国を評価していた!
●ドイツ人学者「門戸を閉ざすのは適切で、そうするべき」
●鎖国はデメリットだけでなくメリットも?平和が続き日本文化が発展
●鎖国のせいで太平洋戦争に負けた!というデメリット
2013/3/17:
●鎖国のデメリットというよりは鎖国の後に開国したときのデメリット
●鎖国の元となったドイツ人の本、むしろ鎖国を評価していた!
2009/8/19:
重力・引力・分子・遠心力・動力は、志筑忠雄(中野柳圃)の造語の中で「鎖国」という言葉も、志筑忠雄(中野柳圃)が翻訳する中で作られた言葉だと書きました。
これは元禄時代に来日し、日本研究に取り組んだドイツの博物学者・医師ケンペルの遺稿を集めて刊行された「日本誌」の中の巻末付録『鎖国論』を訳したときに生まれた言葉だそうです。鎖国という概念はあっても、言葉自体はなかったので、志筑の完全な造語みたいですね(※1
志筑忠雄(大人の科学)より)。
『鎖国論』についての説明でおもしろかったのは、「江戸幕府の鎖国政策は明治以降、否定的な評価を受けてきたが、『鎖国論』におけるケンペルの論はそれとは正反対である」(※1)というところ。このドイツ人学者は、むしろ鎖国を評価していたのです!
ケンペルは当時の日本内外の状況を考えた上で、日本には自立した経済とすぐれた文化があるのだから、大きな危険がともなう外国との交易には戦争や侵略などを行う必要はないとしていました。(※1)
●ドイツ人学者「門戸を閉ざすのは適切で、そうするべき」
気になったので、
鎖国-Wikipediaで関連する部分を見てみました。ケンペルは、以下のように書いていたみたいです。
「日本のように他国よりも資源に富み、勤勉な国民により産業が発達している国、つまり自給自足で豊かな国が、何も求めるものの無い外国人からの奸悪・貪婪・詐欺・戦争などから守るために、門戸を閉ざすのは適切で、そうするべきである」
「何も求めるものの無い外国人」とか、「奸悪」(心がねじけて悪いさま)、「貪婪」(どんらん、飽くことを知らないこと。大変に欲深であること)などと、外国に対してかなり過激な表現をしています。
「資源に富み」というのは現代の日本を考えると違和感がありますが、当時必要だった資源は豊富だったのかもしれません。
●鎖国はデメリットだけでなくメリットも?平和が続き日本文化が発展
さて、ケンペルが肯定し、明治以降の日本が否定した「鎖国」は現在はどのように捉えられているのでしょう。引き続きWikipediaから現在の「鎖国」の評価を見ていきます。
ものごとは何でもそうですが、良い点もあれば悪い点もあります。Wikipediaでは両方織り交ぜて書かれていましたので、箇条書きにしてまとめます。まず、良かった点から。
{鎖国のメリット}
・強力な海洋技術を身につけた西欧諸国に対して、海外勢力を排除する努力をしなかった場合、東南アジア同様に植民地となった可能性がある。海洋技術が高かった清(明)でも半植民地化された。(ただ、鎖国が植民地とならなかった要因とするには根拠が脆弱。鎖国していても植民地化は可能)
・鎖国は完全に国を閉ざしているわけでなく、キリスト教以外はオランダ語を通じて自由に諸外国の情勢や最新の学問を研究できたため、近代化の基盤となった。植民地にならなかったアジア諸国でこれだけヨーロッパの学問が広まった国はない。
・平和が長く続いたことで国内が一体化すると共に産業や金融も発達したため、近代化の基盤となった。同様に日本文化のかなり多くの部分 (俳句、園芸、近世邦楽、文楽、歌舞伎、浮世絵、根付、日本料理、和菓子、陶磁器、漆芸、服飾など)がこの時期に生まれ、あるいは発展、確立した。
2018/12/25追記:特に書いていませんでしたが、3つ目の「平和が長く続いたこと」も、1つ目の鎖国が植民地とならなかった要因とすると同様に根拠不足ですね。
●鎖国のせいで太平洋戦争に負けた!というデメリット
続いて、従来からの見方である鎖国の悪かった点について。
{鎖国のデメリット}
・交流を禁止してしまったことで、欧米で発達した産業革命による技術や文化を積極的に受け入れられなくなり、科学文化が浸透せず、ひいては太平洋戦争の敗戦の遠因ともなってしまった可能性がある。
・度を過ぎて交流を絶ったために外交手段が分からず、黒船来航の際に対応を誤ったことで、不平等条約を結ばされた可能性がある。
・長期に渡る鎖国の反動からか、文化・風土面においても世界的に類を見ない規模の欧化政策を行ったため、日本の土着文化を自ら潰した他、現代に至るまでの白人コンプレックスの礎となった可能性がある。
そのまま抜粋しましたが{鎖国のデメリット}の中で、「鎖国のせいでその後も積極的に欧米文化を受け入れられなかった」と「鎖国のせいで欧米文化を極端に受け入れすぎてしまった」の両方があって矛盾している気がします。だいぶいい加減じゃないですかね?
●鎖国のデメリットというよりは鎖国の後に開国したときのデメリット
2013/3/17:メッセージをいただきましたので紹介。鎖国のデメリットとあったものの、「すべて鎖国の後に開国したときのデメリット」であり、「鎖国状態を続けたときのデメリットではないのではないか?」という指摘。なるほど、おもしろいと思いました。確かに鎖国を続けたときのデメリットではありません。
鎖国継続のデメリットは自由貿易の反対サイドを考えれば良いでしょうか? 鎖国というのは勘違いしがちですが、そもそも貿易の禁止ではなく限定です。対象者の限定や管理貿易といった感じでしょう。
また、外交面でも国交を持たないので孤立します。私は仮に幕藩体制が続いたとしても鎖国政策は続かせずに徐々に変化させたと考える方が自然だと考えていますが、もし仮に鎖国を続けたというのなら今の北朝鮮みたいな国になってしまうというのがデメリットかも…と想像しました。
2017/02/14追記:…などと書いていましたが、当時は外交もあったので「国交を持たない」は間違い。
教科書から「鎖国」が消えた理由 外交・貿易があり国を閉ざしてなかったからを書いたときに読み直していて、気づきました。申し訳ございません。
【本文中でリンクした投稿】
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