タイトルはクイズ風で「世界三大美女だけじゃなく、世界四大美女というのもある もう一人の美人は誰?」としました。ただし、そもそも世界三大美女に異説があり、多くの日本人が知っている「世界三大美女」は、世界的には一般的ではなさそうでした。
2022/12/20追記:
●人間臭くて魅力のギリシャの神は要するにダメ人間 ヘレネーも 【NEW】
●世界三大美女はクレオパトラ・楊貴妃・小野小町…じゃなかった?
2012/12/6:Wikipediaを見ていて、世界三大美女にも異説があると知りました。私の知っていた世界三大美女は、クレオパトラ・楊貴妃・小野小町の三人です。たぶん多くの日本人が思い浮かべる世界三大美女というのも私と同じで、この三人でしょう。日本では一般的な理解だと思われます。
・クレオパトラ(クレオパトラ7世)
・楊貴妃
・小野小町
以前、
「日本三大夜景」と「世界三大夜景」と「新日本三大夜景」で書いたように、英語版Wikipediaなどの英語サイトではそもそも「三大何とか」という話題が少なく、やっと出てきたと思ったら日本由来っぽい話だった…といった有様。「三大何とか」を見た時点で、日本でしか言われていない可能性を疑った方が良さそうでした。
さらに今回の世界三大美女の場合は、そもそも小野小町が入っているという時点で怪しいです。ですから、私は「世界三大美女」自体が日本でしか言われていないものでは?と疑っていました。ただ、Wikipediaによると、小野小町が入っているのがおかしいのは当たりですが、三大美女は海外でも言われているようでした。
●日本版ではない海外の世界三大美女のヘレネっていったい誰?
で、肝心のa
Wikipediの説明なのですが、「日本ではヘレネの代わりに小野小町が入れることが多い」として、本当の世界三大美女は以下のようなものだとの説明。ヘレネ?誰じゃそりゃ?という感じです。
・世界三大美女
・クレオパトラ7世、楊貴妃、ヘレネ
ヘレネで思いつく女性と言えば、神話の登場人物くらいです…と思って、
リンク先のWikipediaを読んだら、まさにその神話の人物でした!
<ヘレネーは、ギリシア神話に登場する女性である。長母音を省略してヘレネとも表記される。元来はスパルタで信仰された樹木崇拝に関わる女神だったと考えられている。
表向きはスパルタ王テュンダレオースと王妃レーダーの娘であるが、実父はゼウスである。兄にディオスクーロイ(カストールとポリュデウケース)兄弟、姉にクリュタイムネーストラーがいる。メネラーオスの妻となったが、イーリオス(トロイア)の王子パリスにさらわれ、トロイア戦争の原因となった。
ヘレネーは成長すると、地上で最も美しい絶世の美女となった。(中略)ヘレネーの結婚に際しては、求婚者がギリシア中から集まった>
これには、おいおい、そりゃ反則だろう…と思います。ここで出てくるトロイア戦争は神話ではあるものの、その元となるような戦争があったことが遺跡で確かめられています。しかし、そもそも神話というのは多かれ少なかれ何らかの元になる事実がある、ということは珍しくないものであり、ヘレネーの実在を証明できるわけではありません。やっぱり納得行かないなぁ…。
↓この表紙の絵がヘレネ?
あと、Wikipediaには夢も何もありゃしない「クレオパトラも楊貴妃も実は美人じゃなかったのでは?」といった話が書かれていました。酷いです、お願いだから夢を壊さないで!
<基本的には、歴史の流れを彼女たち自身の男性を魅了する力で変えたことが、「美人」たる所以となっている。実際にはクレオパトラ7世は「絶世の美女」というほどの美貌ではなかったと考えられており、同様に楊貴妃も太っていたと考えられる逸話があるなどメディアで見られる東洋的美人とは異なるという指摘もある>
●「世界四大美女」はオーストリア皇后エリーザベトを加える
このままクレオパトラと楊貴妃の話をやってもおもしろいはずですが、今日の話は「世界四大美女」です。これをやる時間がなくなりますので、「世界三大美女だけじゃなく、世界四大美女というのもある もう一人の美人は誰?」の回答の方へ。Wikipediaによれば、"オーストリア皇后エリーザベトを加えて世界四大美女とする場合もある"だそうな。
ただ、また、誰それ?です。彼女も戦争か何かを引き起こすなど、デカイことやってのけたんでしょうか。で、
ウィキペディアを読んでみました。エリーザベト・アマーリエ・オイゲーニエは、は、オーストリア=ハンガリー帝国の皇帝(兼国王)フランツ・ヨーゼフ1世の皇后。以下のような説明があります。
<1853年8月、(中略)母方の従兄である皇帝フランツ・ヨーゼフ1世に見初められ、求婚された(中略)。(中略)1854年4月、エリーザベトは16歳で結婚、オーストリア皇后となった。
しかし、自由人だった父の気質を多く受け継いだ彼女は、母方の伯母で姑であるゾフィー大公妃がとりしきる宮廷の厳格さに耐えられず、人前に出る事を極度に嫌がり宮廷生活や皇后としての義務や職務を嫌い、大西洋に浮かぶマデイラ諸島などに療養に行く、夫に同行してイタリアを訪問する、あるいは個人的に旅行に出かけたり病院を慰問したりと、生涯に渡り様々な口実を見つけてはウィーンから逃避し続けた。(中略)
1898年9月、旅行中のジュネーヴ・レマン湖のほとりで、イタリア人の無政府主義者ルイジ・ルケーニに鋭く研ぎ澄まされた短剣のようなヤスリで心臓を刺されて殺害され、その生涯を閉じた>
姑のゾフィーさんの名前は聞き覚えあり、以前どこかでエリザベートのことを読んだかもしれません。おもしろいことにエリザベートの妹さんもゾフィーと言うそうな。さらに、生まれた娘も姑の名を取ってゾフィーですから、ゾフィーだらけになっています。ゾフィーと言うとウルトラマンの方を思い出しちゃう方もいらっしゃるんじゃないかと思いますが、当時流行っていたんですかね?
●皇后エリーザベトは、贅沢三昧で権威主義的で絶大な権力
ゾフィーの話は良いとして、上記の部分からだけだと、何で世界四大美女なのか全然わかりませんね。他の女性みたいに歴史に影響を与えた感じがありません。ということで、後半のエピソードの部分から、それっぽいところを探してみました。以下のあたりは影響力的なところで、比較的世界三大美女と似た要素を感じられました。
・エリーザベトの贅沢ぶりは凄まじく、宝石・ドレス・名馬の購入、若さと美しさを保つ為の桁外れの美容への出費、ギリシアのコルフ島に絢爛豪華な城「アキレイオン」の建設、彼女個人あるいは皇室の所有するあらゆる宮殿・城・別荘の増改築、彼女専用の贅を尽くした船や列車を利用しての豪華旅行等を税金で行っていた。
たが、生来の気まぐれな性質から一箇所にとどまる事ができず、乗馬や巨費を投じて建てたアキレイオン等にもすぐに飽きてしまった。
・皇后でありながら君主制を否定した「進歩的な女性」と評されることもあるエリーザベトだが、実際の彼女は尊大、傲慢、狭量かつ権威主義的であるのみならず、皇后・妻・母としての役目は全て放棄かつ拒否しながら、その特権のみほしいままに享受し続け、皇后としての莫大な資産によってヨーロッパ・北アフリカ各地を旅行したり法外な額の買い物をしたりする等、自己中心的で傍若無人な振る舞いが非常に多かった。
当時のベルギー大使夫人は、この女性は本当に狂っています。こんな皇后がいるのにオーストリアが共和国にならないのは、この国の国民がまだ寛大だからですと書いている。
ただしハンガリー統治に関しては非常な関心と情熱を傾けたため、過去に近隣の大国に翻弄され、分割・被支配と様々な苦難の歴史をたどったハンガリーが現在平和な独立国家となった礎を築いた人物として、今もハンガリーの人々には慕われている。
●実際めっちゃ美人だったオーストリア皇后エリーザベト
それからこのエピソード部分では、素直な意味での美人具合も結構強調されていました。容姿の欠点・コンプレックスも同時に記載されていますが、その美貌に関する部分をどうぞ。美貌的には、クレオパトラや楊貴妃よりもふさわしいかもしれません。
・エリーザベトは当時のヨーロッパ宮廷一といわれた美貌に加え、身長172cmと背が高く、ウエスト50センチで体重は50キロという驚異の体形の持ち主だった。
美貌と痩身であることに執念を燃やし過酷なダイエットや美容方法でそれを維持していたが、年を取るにつれて皺とシミだらけになった顔を分厚い黒のベールと革製の高価な扇や日傘で隠すようになり、それが彼女の晩年の立ち居振る舞いを表す姿として伝説となっている。(略)
・(略)エリーザベトはイギリスのアレクサンドラ妃の美貌と自身の美貌とどちらが優れているかを気にしていたが、実際はアレクサンドラは非常に背が低く胴長短足である上、首に醜い手術痕があり、頭には奇妙なへこみがある等、容姿はエリーザベトより劣っていた。
しかしエリーザベトにも、面長で顎がしゃくれている点や、極端な撫で肩、鼻の穴が大きい(ヴィクトリア女王も「鼻の形は美しくない」と洩らしていた)、手足が丸太のように太いという欠点があった。特に本人が最も気にしていたのは、歯並びが悪く黄ばんでいる事だった。見合いの席でゾフィー大公妃はそれを指摘し、彼女に「歯を磨くように」と言いつけている。
エリーザベトはそれを気にするあまり、毎日懸命に歯を磨き、人前では常に口をきつく結んで殆ど話さず、話す時には扇子で口を隠していた。しかし、肖像画ではれらの欠点は見事に隠され、美化されている。
●エリーザベトは「Helene」より魅力的でより三代美女にふさわしい?
妹のゾフィーの話を先に書きましたが、もう一つおもしろかったのが、エリーザベトのお姉さんの名前はヘレーネということ。こうやって日本語表記だけ見ると、神話のヘレネーと伸ばす部分が違っているように見えますが、ご覧のように同じ綴りなんです!
ヘレネー Helene
ヘレーネ・カロリーネ・テレーゼ Helene Caroline Therese
実を言うと、結婚相手の皇帝フランツ・ヨーゼフ1世は、本来エリーザベトの姉ヘレーネの見合い相手だったのです。しかし、妹のエリザベートを見初めたのだとのこと。かわいそうな気もしますが、お姉さんのヘレーネは選ばれませんでした。
エリーザベトは神話のヘレネーと違って実在したことが確実。前述の通り、美貌で優れていた上に、国家に大きな影響を与えた人物という点でも三代美女的。おまけに「Helene」より魅力的だったことが証明されているわけですから、世界三大美女もヘレネーよりエリザベートの方がよりふさわしいと思います。
●日本の女性向け雑誌で“世界4大美女”企画…4人目に選ばれたのは?
2017/11/15:
NMB48山本彩、“世界4大美女”に変身 - モデルプレス(2017.11.15 12:00)というのがあったので、どういう4人なのか?と見たら、この企画で作成したような感じの“世界4大美女”でした。記事は、NMB48の山本彩が、28日発売の雑誌「NYLON JAPAN」2018年1月号の表紙&裏表紙に登場。“世界4大美女”に扮したというものです。
NYLON JAPAN 2018年1月号 スペシャルエディション(山本彩カバー)


4人というのは、"クレオパトラ、小野小町、楊貴妃、そして現代美女代表・ストリートなナイロニスタ"という説明で、たぶん雑誌が企画として勝手に作った“世界4大美女”なんじゃないかと。”現代美女代表・ストリートなナイロニスタ"が、世界的にだと言われているという意味ではないんだと思います。
あと、そもそも「ナイロニスタ」って?という話が気になりました。最初人名だと思ったものの、雑誌名がナイロンですので、これにかこつけた名称っぽいです。念のため検索してみると、この雑誌を読んでいる人を「ナイロニスタ」と呼ぶと書いているところがありました。極めて手前味噌な企画だったようです。
●人間臭くて魅力のギリシャの神は要するにダメ人間 ヘレネーも
2022/12/20追記:世界三大美女とされることがある、ギリシャ神話のヘレネーについて補足。物語や商品名などのモチーフによく使われれるギリシャ神話の神様たち…彼らは神なのに人間臭いとよく言われます。それがむしろ魅力とされるのですが、人格的にはダメなエピソードが満載なんですよね。三大美女ヘレネーもダメ女神です。
もともと書いていたように、絶世の美女だったヘレネーはメネラーオスの妻となったのですが、イーリオス(トロイア)の王子パリスにさらわれ、トロイア戦争の原因となりました。これ自体は彼女の責任ではありません。ただ、彼女も満更ではなかったようで、娘を捨てて浮気した…といった記述もあるんですよ。
・
ヘレネー - Wikipedia<メネラーオスの妻となったヘレネーは、イーリオスの王子パリスの訪問を受けた。パリスは美の審判の際に、アプロディーテーからヘレネーを妻にするようそそのかされていたのである。ヘレネーはパリスに魅了され、娘ヘルミオネーを捨てて、イーリオスまでついていってしまった>
妻を奪われたメネラーオスとその兄アガメムノーンらは、ヘレネーを取り返すべく、戦争になるというえらいことに…。これがトロイア戦争です。前述の浮気な態度も考慮されたものなのか、ヘレネーを取り返すのではなく殺そうとしたといった話や、実際、殺したという異説なんかもあるといいます。困った女神でした。
<イーリオス陥落の際、木馬の中にいたメネラーオスは、デーイポボスの館に駆けつけてデーイポボスを殺した。そしてヘレネーも殺そうとするが、恋情やみがたく殺すことができなかった。ヘレネーはメネラーオスと共にスパルタに帰った。
後日談では、再びスパルタの王妃として、かつての求婚者たちの許しを得て平穏に暮らしたとされる。また、別の話ではアガメムノーンの息子オレステースによって殺されたとある。オレステースは、密通の果てに夫アガメムノーンを殺した母クリュタイムネーストラーを自らの手にかけたが、叔母であるヘレネーをも「父アガメムノーンを10年に及ぶ戦争に連れ出し、家族崩壊の原因を作った不義の女」として成敗した>
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