「旅行に行く」などの二重表現・重言を見ると、間違いだと指摘する人が多いのですけど、以前から本当に間違いなのか?と疑問に思っていました。こうした表現が起きてしまう理由について、「熟語の意味の透明性」というおもしろい概念で、説明している研究がありましたので紹介しています。
2018/02/16:
●「旅行に行く」など、二重表現・重言は本当に間違った日本語?
●「顕著にあらわれる」も重言?熟語の意味の透明性による説明
●熟語の意味の透明性、研究している学者による当初の説明は?
●重言うんぬんで言うと「犯罪を犯す」「子供たち」もおかしい
2020/04/25:
●あーこれ使ってるわ!と思いそうな、よく使われる二重表現の一覧
2019/06/14:
●「やきもちを焼く」にも違和感と思いきやこれは「絶対正しい!」
●「旅行に行く」など、二重表現・重言は本当に間違った日本語?
2018/02/16:本題に入る前に「間違った日本語」について。うちでは何度も書いているのですけど、そもそも「間違った日本語」という概念が危ういものです。
学者でもそういうこと言っちゃう人がいるのですが、これは言語というものが変化するものだということを忘れています。間違った言い方に思えても定着してしまえば、「正しい日本語」となるのです。もし変化した言語が間違いなら、平安人から見ると現在人は全員「間違った日本語」を使っていることになってしまいます。
納得行かない人がいるかもしれませんけど、あとで「これも重複表現なの?」」というわかりやすい例が出てきます。たぶん皆さんも今まで違和感なく見てきた言葉です。
●「顕著にあらわれる」も重言?熟語の意味の透明性による説明
この話を書こうと思ったのは、
Yahoo!知恵袋で、"「顕著にあらわれる」って言い回しは、間違いでは?「顕」は「あらわれる」の意味だろ"と書いている人に対するベストアンサーがおもしろかったためです。
「顕著」という、あらわになっているという語に、さらに「あらわれる」という動詞が使われるのは、たしかに意味が重複しているように感じられます。
「顕」(あらわ)は、<むき出しであるさま。はっきりと見えるさま>
「著」(いちじるしい)は、<目立つ。明らかであること>
<際立って目につくさま。だれの目にも明らかなほどはっきりあらわれているさま>という国語辞典の意味を紹介しただけの回答では、よくわかりません。
(中略)国語学者の説によると、これらの現象は「漢語の意味の透明性」によるもののようです。
「顕著」が最初に用いられたときには<際立って目につく>という意味がはっきり意識されていたと考えられます。(その段階では意味構造が<透明>であるというそうです)
ところが、長く使われているうちに、その意味の構造がはっきりと意識されなくなって、熟語全体がひとまとまりでとらえられるようになり、<むきだしになる・はっきりと見える>という意味も消えてしまいます。(これを意味構造が<不透明>になったというそうです。)
そこで、ふたたび「あらわれる」という言葉が使われるようになる―ということのようです。
質問者はこれに「なるほど。。。」と納得。私もおもしろいと思いました。ただ、枝葉末節の揚げ足取りになっちゃいますけど、「漢語の意味の透明性」ってのはちょっと変な言い方でした。「漢語」というのは、「和語」と対応する言葉で、字訓ではなく、字音で読まれる語や熟語を言います。
なので、「漢語の意味の透明性」ではなく、「熟語の意味の透明性」と言うべきでしょう。この後出てくる元ネタでもそのような使い方でした。
●熟語の意味の透明性、研究している学者による当初の説明は?
「漢語の意味の透明性」なるものを検索したところ出てきたのが、
(PDF)漢字2字熟語の意味の透明性の調査 - 福井大学国際センター(桑原陽子)という論文。これが大元のネタではないかと思われます。
こちらでは、漢字2字熟語の意味と、その熟語を構成する個々の漢字の結びつきやすさは、熟語により異なることを指摘。その上で、この結びつきやすさを、「熟語の意味の透明性」と定義しました。この説明だとナンノコッチャ?なので、例を見た方がわかりやすいでしょう。
意味の透明性が高い漢字2字熟語 「月光」の意味は、「月」「光」それぞれの意味と結びつきやすい
意味の透明性が低い漢字2字熟語 「皮肉」の意味は、「皮」「肉」それぞれの意味と結びつきづらい
なお、この論文そのものは、重言に関してのものではありません。非漢字系日本語学習者の漢字指導に有用だろうとしていました。たぶん海外の人にとって味のわかりやすい熟語と、わかりづらい熟語を分けて教えるといった使い方を想定しているのだと思われます。留学生関連での論文でした。
●重言うんぬんで言うと「犯罪を犯す」「子供たち」もおかしい
この「熟語の意味の透明性」で言うと、最初に出した「旅行」というのは、「旅に行く」ですので、意味の透明性はむしろ高いように見えます。ただ、ヤフー知恵袋の方は、同じく一見意味の透明性が高いように見える「犯罪」について、以下のように説明していました。「旅行」も既に意味の透明化が起きているのかもしれません。
"「犯罪」は、もともと<罪を犯す>という意味ですので、「犯罪を犯す」という言い方はおかしいのですが、<犯罪>という語の意味が不透明になり、「犯罪=罪」という意識で、「犯罪を犯す」という使い方がされるようになっています"
また、最初に「これも重複表現なの?」というわかりやすい例と行ったのは「子供」。以下のように説明されいます。
"「子供」は、もともと「子」に複数を表す「ども」が付いたものですが、複数性が失われ「子供たち」と使われています"
こうした言葉の変化を調べることは意味がありますし、おもしろいことでもあるのですけど、「間違った日本語」といった捉え方で槍玉に挙げちゃうのは不毛です。もっと広い視野で物事を見ていきましょう。
●あーこれ使ってるわ!と思いそうな、よく使われる二重表現の一覧
2020/04/25:二重表現っぽい例をちょっと集めてみようかな?と思って軽く探してみました。厳密には二重表現ではない…みたいなのもあるかもしれませんけど、あんまり考えずサクサクっと。ただ、なるべく使いそう…と思ったものという基準で選んではいます。ちょくちょく追記して、リストを充実させていきたいですね。
・あとで後悔する
・一番最初、一番最後
・馬から落馬する
・学校に登校する
・頭痛が痛い
・貯金がたまる
・内定が決まる
・日本に来日する、アメリカに渡米する
・寝言を言う
・犯罪をおかす
・被害をこうむる
●「やきもちを焼く」にも違和感と思いきやこれは「絶対正しい!」
2019/06/14:
やきもちを焼くって重言ですよね?ってヤフー知恵袋を発見しました。「やきもち」も既に意味の透明化が起きているのかもしれません。
しかし、「旅行に行く」と違って、<「ねたむ」意の慣用句なので、重言ではない>、<そもそも「やきもち」は本来の意味から離れて「ねたみ、嫉妬」という意味ですから>などと全員に否定されていました。これがOKなら「旅」という意味を持つ「旅行」を使った「旅行に行く」も別にOKなんじゃないかと思うものの、全然違うと考える人が多いようです。ここらへんは理屈じゃないので仕方ないですね。
ちなみに
精選版 日本国語大辞典では、「焼餠」について以下のように説明していました。嫉妬の意味での「やきもち」では、「やき」には意味があるものの、「もち」の方には特に意味はなかったみたいですね。
① 火であぶって焼いた餠。古くは、中に餡(あん)を入れた餠を焼いたものをいう。
② 粳(うるち)の粉皮で餡を包み焼いた餠。ぎんつばやき。
③ (嫉妬することを「焼く」というところから、餠を添えていった語) ねたみ。嫉妬。
④ 「やきもちやき(焼餠焼)」の略。
嫉妬の意味での用例は、雑俳・川柳評万句合‐宝暦一〇(1760)礼一「焼きもちのとどめを釘で遣ってのけ」という、「やきもちを焼く」という使い方をしていないものでした。昔はなかった表現だった可能性があります。「やきもちを焼く」という表現がいつ頃登場するようになったのかを調べるのも、おもしろい国語研究の題材になるんじゃないでしょうか。
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