月が落ちてきて地球に衝突するという筋の物語がときどきありますが、実は既に月は地球に衝突したことがあるのです。この話はあんまり知られていないんじゃないかと勝手に思っていて、おもしろいでしょ?と今回紹介してみることにしました。今は教科書に載っていたりしますかね? 少なくとも私の頃にはなかった話です。
なお、現在の月は地球に落ちる心配はなく、むしろ月は地球から遠ざかり続けています。ここらへんについては、
なぜ月は地球から遠ざかっているのかや
人工衛星が落下しない理由でやっています。
その後、<今まで証拠がなかった地球に衝突した惑星「テイア」…残骸発見?>なども追記しました。
2023/11/24追記:
●今まで証拠がなかった地球に衝突した惑星「テイア」…残骸発見? 【NEW】
●月の起源について有力だった3説…親子説・兄弟説・他人説
2012/12/13:かつて月の起源については以下の3説が有力だったそうです。
・親子説(分裂説・出産説・娘説) 自転による遠心力で、地球の一部が飛び出して月になったとする説。
・兄弟説(双子集積説・共成長説) 月と地球は同じガスの塊から、同時に作られたとする説。
・他人説(捕獲説・配偶者説) 別の場所で形成された月と地球が偶然接近した際、月が地球の引力に捉えられたとする説。
(
月 - Wikipediaより。以降は
ジャイアント・インパクト説 - Wikipediaも参考)
しかし、"いずれの説も現在の月の力学的・物質的な特徴を矛盾なく説明することができなかった"そうです。問題はいろいろあったようですが、大体以下のような感じです。
・親子説(分裂説)では、本当に分裂が起こるほどの力学的なエネルギーがあったのかという点に疑問がある。
・他人説(捕獲説)では、広い宇宙空間を行く月が、地球から丁度良い距離に接近して引力に捉えられる可能性が低い。
・兄弟説(双子説)や他人説(捕獲説)では、地球のマントルと月の化学組成が似ていることの説明ができない。
"1970年代中頃にはどの説も行き詰まってしまい、困惑した天文学者のアーウィン・シャピーロ (Irwin Shapiro) は、「もはや満足できる(自然に思える)説明は無い。最善の説明は、月が見えるのは目の錯覚だと考える事である。」という冗談を言うほどであった"そうです。
●月は地球に衝突していた!月の起源を語るジャイアント・インパクト説
こういった行き詰まりの中で登場したのが、月が地球に衝突した!というジャイアント・インパクト説(巨大衝突説)でした。
これは"35億年前までは小天体の衝突が多発していたこと"、月はそれより前の"約45億5000万年前に誕生し"ていたといったことが書かれていましたので、月も地球に衝突していたんじゃね?といった感じで出てきたんだと想像します。
一見荒唐無稽のトンデモ説に思えるこの「月が地球に衝突」説、これが意外なことに結構うまく説明できるようなのです。
先ほどの問題点は、それぞれ以下のような感じで説明できると思われます。(Wikipediaで直接書いていないところは、勝手に書き足しました)
・本当に分裂が起こるほどの力学的なエネルギーがあったのかという点→分裂ではなく衝突なので問題ない。月と地球の全角運動量が現在程度でも不思議はない。
・広い宇宙空間を行く月が、地球から丁度良い距離に接近して引力に捉えられる可能性が低い→ちょうど接近ではなく衝突。小天体の衝突が多発していた時期なので、衝突なら特に不思議ではない。
・地球のマントルと月の化学組成が似ていることの説明ができない→月が主に地球のマントルの破片からできたため。
●月の「製作期間」はわずかに1ヶ月
その他、ジャイアント・インパクト説の概要やポイントとしては以下のようになっています。
・月は地球と他の天体との衝突によって飛散した物質が、地球周回軌道上で集積してできた。地球がほぼ現在の大きさになった頃、火星程の大きさの天体が斜めに地球へ衝突。その衝撃で蒸発・飛散した両天体のマントル物質の一部が、地球周回軌道上で集積して月が形成された。衝突から1ヶ月程度で現在の月が形成されたと考えられている。
・月の比重 (3.34) が地球の大陸地殻を構成する花崗岩(比重1.7 - 2.8)よりも大きく、海洋地殻を構成する玄武岩(比重2.9 - 3.2)に近いこと、地球と比べて揮発性元素が欠乏していること、地球やテイアのマントルを中心とする軽い物質が集積した月のコアが小さいこと、月の石の酸素同位体比が地球とほとんど同一であること、月の質量が現在程度になることも説明できる。
●ジャイアント・インパクト説なんかトンデモだ!?
ジャイアント・インパクト説が月形成理論として最も有力な説となったのは1980年代中頃だそうですから、それほど昔のことではありません。まだ30年くらいですね。
思い切った、それこそ"インパクト"のある説ですので、その間にもいろいろ疑問は提示されていました。
・火星ほどの大きさの天体が、地球を完全に破壊してしまわないような正確な角度で衝突し、衝突で自転軸の傾きを生じさせ(季節を生み出す)、地球で活発なプレート・テクトニクスが起こるようにした(炭素循環のために不可欠)、というようなことが起こる確率は低いのでは?
・分裂説と同様に、月の軌道平面(白道面)が地球の赤道面と約5度傾いているのを説明できないのでは?
これらについては解説が難しくてよくわからなかったのですが、とりあえずどちらも説明できそうな段階になっているようでした。
●冥王星の衛星カロンなども同様の形成過程か?
さらに、以下のように他の惑星においても同じような現象が起きているとされています。地球と月の関係だけじゃないんですね。
2005年に発表されたロビン・キャヌプ(Robin Canup)によるシミュレーションでは、冥王星の衛星であるカロンも、地球の月と同様に約45億年前に大衝突によって誕生したということが示唆された。シミュレーションによると、冥王星の場合には、直径が1600kmから2000kmほどある他のエッジワース・カイパーベルト天体が、秒速1kmほどで衝突したとされた。キャヌプは、このような衛星形成の過程は初期の太陽系では一般的だった可能性があると推測している。
また、太陽系外惑星の形成シミュレーションによって、地球型惑星が形成される際には、3個か4個に1個程度の割合で、ジャイアント・インパクトのような大衝突を経験し、月のような衛星を持つ可能性が指摘されている。このことから、他の恒星を回る惑星にも、地球と同じような形成過程を経た月を持ったものがあるかもしれないと考えられている。
●月が地球に衝突ではなく、月のベースとなった天体が地球に衝突
さて、ここまでずっと「月が地球に衝突していた」という説明の仕方をしてきたんですが、実は正確な言い方とは言えません。
Wikipediaでは慎重に「火星ほどの大きさの天体」などといった言い方がされていましたが、「月(と地球のごく一部)のベースとなった天体が地球に衝突していた」といった言い方の方が良いです。
「人間の先祖が猿」じゃなくて、「今の猿と人間の先祖が同じ」なんだという説明の仕方に私が以前こだわった話を思い出しました(
「ヒトの祖先がサル」は正しいのか?)。
●月の女神セレネの母の名前をとってテイアと呼ぶ
で、この月のベースとなった天体にもちゃんと名前がついていて、テイア (Theia) と言います。
なぜテイアなのか?と言うと、ギリシア神話の月の女神セレネ(ローマ神話ではルナ。ルナは英語で馴染みありますね)のお母さんがテイアだからです。テイアからセレネ=月が生まれた…ということで、きれいな命名です。
こういうのちょっとおもしろいですよね。
ちなみに「じゃあ、地球はお父さんか?」と言うと、こちらはうまく行きません。
木星はユピテル、じゃあ地球は?のときに調べてみて、結局よくわからなかったところなのですが、おそらく無理やり地球に当てるとすれば大地の神様テルスだと思われます。
セレネの父は太陽神ヒュペリオンですし、それ以前にテルスは女神です。何しろ大地の神様っていうのは、洋の東西を問わず大体女性です。地母神であり、母なる大地であり…ですからね。
さすがにそこまではうまく行きませんでした。ちょっと残念です。
●ジャイアントインパクト、実はなかった? 従来の説に矛盾
2017/08/02:
月の起源、「巨大衝突」ではなかった? 定説覆す論文発表:AFPBB News(2017年01月10日 06:15)によると、定説である「巨大衝突説」は大きな矛盾を抱えていたといいます。月の成分の5分の1は地球派生で、残る5分の4は衝突した天体の物質となるはずなのに、実際には、地球と月の成分構成はほぼ同一だという矛盾です。
イスラエル・ワイツマン科学研究のラルカ・ルフさんらがネイチャー・ジオサイエンスに発表した論文は、その矛盾を解消するもの。1回の大規模衝突ではなく小さな衝突が繰り返されたと考えれば、より自然に説明できるのだそうです。ジャイアントインパクト説のイメージとは、ちょっと違う感じの説明になっていました。
ルフさんらのチームは、従来考えられていた火星サイズの天体ではなく、より小さい「微惑星」と呼ばれる天体と原始地球との衝突を再現したコンピューターシミュレーションを約1000パターン作成。こうすると、微惑星が衝突するごとに原始地球の周囲に残骸の輪が形成され、その後それらが合体して「小衛星」が形成されることがわかりました。
そして、この「小衛星」がの数々が最終的に、月を形成したという説明。月の形成にはこうした衝突が約20回必要だったと考えられるそうです。なお、当初書いていた話で出てきたように、月ができた当時は小天体の衝突が多発していた時期でしたので、この点に関しては特に無理がなさそうな説明でした。
●謎が多いのにスルーされていた月、50年ぶりのサンプル採取!
2021/10/16追記:
約50年ぶりに地球へ。新たな月の石を解析した結果、これまでよりも10億年若い石だったことが判明 GIZMODO / 2021年10月14日 21時0分という記事によると、たとえジャイアントインパクト説を採用したとしても、月にはまだまだ謎が多いようでした。月ができあがった後の期間は、ほとんどわかっていないというのです。
月をもっとよく知るためには月から岩石のサンプルを取ってきて調べるのが一番確実な方法。しかし、ソビエト連邦が1974年に月の表面から土を持ち帰って以来、成し遂げられていなかったとのことです。意外ですね。そんな中、2020年末に、47年ぶりにサンプルリターンを成功させたのが、中国の月面探査機・嫦娥(じょうが)5号だったそうです。
<嫦娥5号が地球へ持ち帰った月の石を調べた結果、形成された時期が今まで考えられていたよりも10億年ほど後だったことがわかったそうです。つまり、月面には思っていたよりずっと最近まで液状の溶岩が存在していたことになり、なぜ溶岩が流れるほどまでに月が熱かったのかという新たな謎を生み出しました>
中国の宇宙関連の技術は、だいぶ前から日本以上の部分もあると言われていましたし、これくらいならお手の物かもしれません。また、NASAのアルテミス計画も月からのサンプルリターンを計画しているそうです。あと、中国の研究なんか信用できないと思うかもしれませんので一応書いておきますが、今回のサンプルはマンチェスター大学のジョイ(Katherine Joy)さんなどが分析したものだそうです。
●日本がアメリカ人以外で初となる月面着陸へ…首相が表明
2021/12/30追記:<【速報】日本人、月面へ 2020年代後半に 岸田首相が表明>(21/12/28(火) 10:38配信 TBS系(JNN))という記事が出ていました。タイトルや岸田文雄首相の発言部分だけだとわからないのですが、実はこれ、前回の追記で書いたNASAのアルテミス計画に絡むものだと予想されています。
<岸田首相は、政府の宇宙開発戦略本部で2020年代後半に日本人宇宙飛行士の月面着陸を実現させると表明しました。
岸田首相は、日本人宇宙飛行士の月面着陸について「2020年代後半の実現をはかる」と表明し、工程表の中に盛り込みました。「アメリカ人以外で初となることをめざす」とも記載します>
https://news.yahoo.co.jp/articles/ee25d60aa3c409c9e10d314ca239518f792e4893
上記の部分だけ読むと、日本が宇宙飛行士の月面着陸を成し遂げるように見えるのですが、ヤフーニュースについていた専門家や一般人のコメントを見ると、どうも前述のアメリカの計画に乗っかるだけのような雰囲気。それなのに華々しい政権アピールにするってのはなんか変ですね。図々しすぎて日本人の美意識に反します。
秋山文野 フリーランスライター/翻訳者(宇宙開発)
<本当に2020年代に実現可能か、という点においては「アルテミス計画」を提唱する米国の計画実現可能性を注視する必要があります。11月掲載の記事「NASA有人月着陸「アルテミス計画」はどれほど遅れるのか。打ち上げコストはJAXA予算の2倍以上」で解説したとおり、NASA内部の分析で、月面着陸を再開する「アルテミス3」ミッションの実施時期は2026年以降にずれ込むことが指摘されています。実現は民間企業スペースXが開発する「HLS」(同社の再利用型宇宙船スターシップを月着陸船として利用)の実現が必須となり、この実現も3年5カ月ほどの遅れる可能性が指摘されています>
●有人月着陸計画で日本がアメリカの財布として使われる心配も…
一般人のコメントでは、<日本のロケットで、とは言っていないので、やはりNASAにおんぶにだっこでの話なのだろうな。せめて自力で低軌道の宇宙空間くらいに飛行士の打ち上げを実現してから言ってほしかった>というものも。ただ、私は今大々的に日本が宇宙分野にお金をつぎ込むのもどうかと思うので、後半は同意できませんけどね。
そういう意味でいうと、手柄の横取り発言はともかく、日本が中心になって税金を大量投入するわけではないというのは一安心とも言えるでしょう。ただし、相手がアメリカということもあり、日本が都合よく財布として使われる可能性を心配しているコメントもありました。確かにそうですね、思いつきませんでしたわ…。
<日本の税金から莫大な金額がNASAに支払われ、ただアメリカの宇宙関連が潤うだけだろう。もしそうなら即刻取りやめるべきだ>
<月へ行くと言っても本当は、外国に乗せてもらうのでは面白さも半減といったところ。結局、いくらお金を負担するかでしょう>
また、税金の無駄遣い的なところでは、それよりもっと日本が力を入れるべき分野があるんじゃない?といったコメントも複数ありました。私も一番思ったのがこれですね。岸田文雄首相もその前の自民党の首相たちといっしょで、自分の人気取りばかり考えていて、国民のことも日本のことも考えていないように見えます。
<これが昭和の時代なら、夢のある話でワクワクしてたと思うのですが、もう今はそんな時代じゃなくなりました。そんな金があるんだったら、有能な研究者に研究費用をもっと出してあげてください。このままでは、有能な研究者はみんな海外に行ってしまいます。このままでは、日本がますます貧しくなっていくような気がします>
<この発表に心が躍るというより、首相になったら人格が変わるんだなと思う。人口減少問題や生活不安問題などがこの発表で改善するならいいけど、昔じゃないんだから国民一丸になるとは思えない。この発表が明るい未来を感じれるような、しっかりとした国政を行ってほしい>
●今まで証拠がなかった地球に衝突した惑星「テイア」…残骸発見?
2023/11/24追記:
地球に衝突した惑星「テイア」の残骸発見か、月の形成に寄与 新研究 - CNN.co.jp(2023.11.04)という記事が出ていました。記事では、「ジャイアント・インパクト仮説」で大方の科学者の見解は一致しているものの、証拠が今までなかったとして、以下のように書いていました。
<地球に衝突したとされる惑星「テイア」の存在については、これまで直接の証拠をつかめていなかった。太陽系内でテイアの破片は見つかっておらず、科学者の間では、テイアが地球に残した残骸は地球内部の高温部で溶解したとの見方が多かった。
しかし、テイアの残骸は部分的に残っており、地球内部に埋まっていると示唆する新理論が登場した。
科学誌ネイチャーに1日付で発表された研究によると、地球に衝突後、テイアの溶けた塊はマントルの中に沈み込んで固体化した。その結果、テイアを構成する物質の一部が地球の核の上方、地下約2900キロの位置に残ったという>
地球の奥深くに二つの巨大な塊が埋まっていることは、1980年代に判明済み。「LLVP(巨大低速度領域)」と呼ばれていました。周囲のマントルに比べ鉄の濃度が高いため、地震波の測定で検出されていたそうです。ただ、塊の起源については不明だったといいます。
私は現在人類に利用されている成分のかなりのものが、月由来の成分だ…みたいなことを聞いた覚えがあったので、この説明にはびっくり。私のうろ覚えの理解と違って、地球の表面上には月由来の成分は全然なかったみたいですね…。
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アポロ11号の月面着陸はなかったという疑惑(副島隆彦説) ■
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