「知識と経験どっちが大事?」という話をいろいろ。<大学に行かずに映画を作った諏訪敦彦映画監督のスピーチ>の他、<経験・体験が大事と重視して失敗!東芝・シャープ・三菱重工の例>などといった話をやっています。
後述するように「経験」も大事です。ただ、まずいのが経験を重視しすぎて、科学的根拠や実際のデータを無視しちゃうパターン。東芝・シャープ・三菱重工の失敗なんかは、過去の自分の経験を元に自信満々で突き進んだ巨大プロジェクトが、見事に大ゴケしてしまったものだと説明されていました。
●大学に行かずに映画を作った諏訪敦彦映画監督の入学式のスピーチ
2013/4/20:
h学長式辞「いいね!」2.5万件 東京造形大、挫折語る 2013年4月18日16時6分 朝日新聞によると、カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞を受けた「M/OTHER」(1999年)などを制作し、映画監督としても知られる東京造形大の諏訪敦彦(のぶひろ)学長(52)の入学式での式辞が、名スピーチだと話題になっているそうです。
話題になったせいか、大学で公開していました。
2013年度入学式 諏訪学長による式辞というものです。こういったものを私が読むというのは珍しいのですが、珍しく気が向いたのでちょっと読んでみました。読んでみると、大学の入学式の話なのに、「大学いらないんじゃ?って流れ」だったんですよね。
高校生のときに映画カメラを手に入れた諏訪敦彦さんは、自分の身の周りのものを撮影するようになると、自然に自分の表現として映画を作りたいと思うように。高揚し、希望に溢れていた思いで、東京造形大学に進学したものの、大学ではないところに夢中になってしまいました。
<会った彼らは無名の作家たちで、資金もありませんでしたが、本気で映画を作っていました。彼らは、大学という場所を飛び出し、誰にも守られることなく、路上で、自分たちの映画を真剣に追求していました。私はその熱気にすっかり巻き込まれ、彼らとともに映画づくりに携わることに大きな充実感と刺激を感じました。それは大学では得られない体験で、私は次第に大学に対する期待を失っていきました。大学の授業で制作される映画は、大学という小さな世界の中の出来事でしかなく、厳しい現実社会の批評に曝されることもない、何か生温い遊戯のように思えたのです。
気がつくと私は大学を休学し、数十本の映画の助監督を経験していました。最初は右も左も判らなかったのですが、現場での経験を重ね、やがて、半ばプロフェッショナルとして仕事ができるようになっている自分を発見し、そのことに満足でした。そして、大学をやめようと思いました。もはや大学で学ぶことなどないように思えたのです>
●知識と経験どっちが大事?現場主義が重要というのは本当だった?
ただ、いきなり大学は辞めず、ふと大学に戻り、初めて自分の映画を作ってみる…ということもしました。自信はあったそうです。同級生たちに比べ、多くの経験があると考えていたため。大学を休学し、数十本の映画の助監督を経験していましたからね。半分プロなので、大学生なんかに負けるはずがないと思いました。
<
しかし、その経験に基づいて作られた私の作品は惨憺たる出来でした。大学の友人からもまったく評価されませんでした。一方で、同級生たちの作品は、経験も,技術もなく、破れ目のたくさんある映画でしたが、現場という現実の社会の常識にとらわれることのない、自由な発想に溢れていました。授業に出ると、現場では必要とはされなかった、理論や哲学が、単に知識を増やすためにあるのではなく、自分が自分で考えること、つまり人間の自由を追求する営みであることも、おぼろげに理解できました。驚きでした。大学では、私が現場では出会わなかった何かが蠢(引用者注:うごめ)いていました>
朝日新聞はこのスピーチについて「ど真ん中のテーマ」としていましたけど、学長のスピーチという意味ではそうであっても、今回のエピソード自体は実はなかなか新鮮なんじゃないかと思います。それこそ映画のような創作の世界でありふれているのは、座学では得られないもの、教科書や本では教えてくれないものが実際の経験にはある……というテーマのものでしょう。
●「経験」という牢屋に閉じ込められていた…とはどういう意味か?
しかし、このスピーチでは経験と知識の立ち位置が全く逆になっているんですよね。諏訪敦彦映画監督は、< 私は、自分が「経験」という牢屋に閉じ込められていたことを理解しました>とした上で、以下のような説明をしていました。諏訪敦彦映画監督の場合、現場で働くことを止めて、大学に戻ったともいいます。
<私が仕事の現場の経験によって身につけた能力は、仕事の作法のようなものでしかありません。その作法が有効に機能しているシステムにおいては、能力を発揮しますが、誰も経験したことがない事態に出会った時には、それは何の役にも立たないものです。しかし、クリエイションというのは、まだ誰も経験したことのない跳躍を必要とします。それはある種「賭け」のようなものです。失敗するかもしれない実験です。それは「探究」といってもよいでしょう。その探究が、一体何の役に立つのか分からなくても、大学においてはまだだれも知らない価値を探究する自由が与えられています。そのような飛躍は、経験では得られないのです。それは「知」インテリジェンスによって可能となることが、今は分かります>
<卒業後、私が最初に制作した劇場映画は決められた台本なしにすべて俳優の即興演技によって撮影しました。先輩の監督からは「二度とそんなことはするな」と言われました。何故してはいけないのでしょう? それは「普通はそんなことはしない」からです。当時の私があのまま大学に戻らずに、現場での経験によって生きていたなら、きっとこんな非常識な映画は作らなかったでしょう。しかし「普通はそんなことはしない」ことを疑うとき、私たちは「自由」への探究を始めるのです。それが大学の自由であり、大学においてこの自由が探究されていることによって、社会は大学を必要としているといえるのではないでしょうか>
ただ、これで経験がいらないか?と言うと、そうではないでしょう。経験はもちろん大事です。先程書いた「座学では得られないもの、教科書や本では教えてくれないものが実際の経験にはある」というのもまた事実でしょう。私は大体こういう結論になり、中道的で嫌だと思われるかもしれませんけど、経験も知識も両方大切なんだと思います。
●経験がむしろ邪魔になる?成功体験に囚われて失敗することがある!
2021/03/23:ということで、諏訪敦彦映画監督のスピーチは経験がむしろ邪魔になったといった話でした。読み直していて思ったのは、経験がむしろ邪魔になる…というのは、ビジネスの世界でも結構あるということ。「失敗は成功のもと」というのですが、私は「成功は失敗のもと」であることも強調しています。成功体験に囚われて失敗することが多いのです。
また、経験を過大評価して失敗する…といった問題が起きやすいところ。「今までこれでやってきたから次も絶対大丈夫だろう」というものですね。そもそも人間は自分の経験を重視してしまいがち…という問題点があります。経験も大事ではあるのですが、バイアスの問題を考えると、むしろ経験を重視しすぎないようにとアドバイスした方が良いかもしれません。
一方で、経験も大事だという例としては、前述した「失敗は成功のもと」も大いに正しいと研究で確かめられているということがあります。成功企業では、小さく失敗しながら成長する企業も多いです。なので、過去の経験に固執せずに失敗体験を重ねながら成功を見つけ出していく…といったものが良いでしょう。
●知識より経験だろ!非科学的な考え方に陥りやすい経験重視の考え方
2018/01/17:前半で<知識と経験どっちが大事?大学に行かずに映画を作った諏訪敦彦映画監督のスピーチ>という話をやっています。これを書いたときは、特に私自身は、知識と経験、どちらかを積極的に推すというわけではなかったんですよ。ただ、当時と比べると、経験重視派のイメージが悪くなりました。
なぜ最近は知識重視の方が望ましい場合が多いと考えて、経験重視の方が望ましくないことが多いと考えるようになってしまったのかというと、経験重視派の人たちというのが、ニセ科学を勧める人やビジネス系の怪しいカリスマみたいな人に多いためです。過度な経験重視って、要するに非科学的なんですよ。
例えば、漁業問題について書いた
マグロ資源管理で違反だらけの国は日本だった ルール守る気なし?では、捕り過ぎで魚が減っているということを「感覚」を理由に信じない漁師が出てきました。同じところでは、「俺ががんになってないから禁煙・分煙なんて無意味」と主張をする愛煙家芸能人も出ています。自分の経験を重視しすぎでした。
●経験が大事と重視するのがダメなのは東芝・シャープ・三菱重工でわかる
こうした過度の経験重視によって大失敗したのが東芝・シャープ・三菱重工だという話が、この前書いた
石橋を叩いても渡らない日本企業は嘘、リスクかけすぎ 東芝・シャープ・三菱重工MRJの失敗が好例で出てきたんですよね。
東芝・シャープが勝ち目のない案件に挑んだ理由:日経ビジネスオンライン(小笠原 啓 2017年11月13日)という記事の話です。
記事で登場していた神戸大学の三品和広教授は、米国の原発建設を管理しきれず債務超過に転落した東芝は、過去の経験から自信があったのあ理由だと見ています。東芝は数十年間にわたって原子力ビジネスを手掛けてきたので、米国でも原発建設をこなせると思っていたようです。
また、シャープの場合は、「液晶を長年手掛けてきたので、テレビ事業なら何とかなると考えていた」という指摘。さらに納入延期を繰り返している三菱重工業のMRJの場合、米ボーイングの下請けで経験を積んでいるし、防衛省向けの戦闘機も手掛けているから、航空機に関しては全くの素人ではないという自負があっただろうとされていました。
●学生の勉強を軽視するのも会社の経験を重視しているため
三品和広教教授は、東芝・シャープ・三菱重工MRJの巨大プロジェクトの大失敗に限らず、日本企業は経験を重視しているとしていました。その例とされていたのが、大学で勉強してきた内容を軽視するという、日本の独特な採用方針。そんなことないと思うかもしれませんが、これは言われてみれば確かにという話なんですよ。
冷静になってよく考えてみると不思議な話なのですが、日本企業に学生が就職するときには、学校で何を勉強してきたかはあまり問われません。学部レベルで全然関係ないってことはよくありますよね。なぜこうなるか?というと、入社してから仕事を通じて経験を重ねていけばいいと、社長以下が考えているからと三品教授は説明していました。
海外でMBAを取って転職してくる人よりも、生え抜きが重用される例が多いというもの、その象徴だと三品和広教教授はいいます。MBAなんかより、社内で積み重ねた経験に価値があると信じているんですね。そうなると、当然経営者になるのは、その会社の本業で誰よりも経験を積んだ人になります。
「会社で誰よりも経験を積んだ人」というと聞こえが良く、「私もそう思う」と言う人が多いでしょう。ただ、社内の経験のみの人は自分が過去に経験して想像できる範囲内で次の戦略を考えるということになりがち。その結果が、
石橋を叩いても渡らない日本企業は嘘でやったような、リスクある小さなチャレンジしない一方で、一見ノーリスクに見える大きな案件を失敗する経営に繋がったという説明です。
●経験は経験でも「他人の経験」はむしろ大事 自分の経験重視がまずい
三品和広教授は、一方で欧米企業は、他人の経験から学ぼうとするとしていました。これは、科学の考え方そのものですね。
社長や上司が偉い日本からはグーグルのような企業は生まれないで出てきたデータを重視するグーグルなんかも「他人の経験」を重視するものと解釈できるかもしれません。
また、「他人の経験」ということで言うと、
同業他社ではなく異業種の成功事例に学べ ディズニーに学ぶ歯医者さんが人気にといった話も過去にやっています。日本企業はライバル社が成功してから真似することが多いものの、それでは大きな利益を得られません。ライバル会社と同じことやっているだけですからね。同業他社より異業種に学んで応用した方が良いのです。
なお、以上のように「経験」そのものが悪いというより、「自分の経験を重視しすぎるのが悪い」と言った方が良いでしょう。また、今回リンクした投稿を読むと、リスクある小さなチャレンジをしたり、実際にやってみてデータを取ったりといった感じで、自らの経験も客観的に見ながら大事にしていることがわかります。
なので、知識と経験は結局バランス問題なのであり、「自分の経験だけをもとに断定するのが悪い」といった言い方が一番適切かもしれません。
●哲学の経験論・経験主義は個人的体験ではなく、客観的で公的な実験を重視
2019/12/21:当初の投稿では、経験論・経験主義という言葉は一切使っていなかったものの、哲学には経験論・経験主義という概念があるそうです。
経験論 - Wikipediaを読んでみると、人間の全ての知識は我々の経験に由来する、とする哲学上または心理学上の立場だとの説明。中でも感覚・知覚的経験を強調する立場は特に感覚論とも呼ぶそうです。
経験論は哲学的唯物論や実証主義と緊密に結びついており、知識の源泉を理性に求めて依拠する理性主義(合理主義)や、認識は直観的に得られるとする直観主義、神秘主義、あるいは超経験的なものについて語ろうとする形而上学と対立するといいます。
前述の説明だと、経験論というのは、いかにもダメな考え方という感じ。ただ、哲学の経験論における「経験」という語は、私的ないし個人的な経験や体験というよりもむしろ、客観的で公的な実験、観察といった風なニュアンスだそうです。したがって、個人的な経験や体験に基づいて物事を判断するという態度が経験論的と言われることがあるが、それは誤解だとのことでした。
【本文中でリンクした投稿】
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