タイトルにした<日本人は企業買収が得意?M&Aは買う方が負けで売る方が勝ちだった>の他、<企業買収のほとんどが失敗する理由 メリットを殺す企業文化の統一>などの話をやっています。
●日本人は企業買収が得意?不得意?日本人は企業買収に向かない
2013/5/21:買収の話については
新興国企業による企業買収 日本は敗北、イギリスは勝利と評価というのを書いています。企業を売るとなると負けているような気がするのですけど、実は良いことだと見る人もいるんですね。
今回私が読もうとした記事というのも「企業売却のススメ」みたいなものでした。ただ、その書き出しに「買収は負けから始める投資」とあり、何となく理由を想像できなくもないものなのですけど、この記事は連載3つ目でしたので、「買収は負け」が書かれている最初の連載から読んでみることに。
その最初の記事は、"「買いは大好きだが売りは大嫌い」が失敗の原因 M&A 成功の5条件"(服部 暢達 2013年2月20日(水)日経ビジネスオンライン、リンク切れ)というタイトルでした。服部暢達さんによると、企業の成長戦略の選択肢として欧米では古くからM&Aが定着。一方、日本の場合は遅れているといいます。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20130213/243707/
日本でも1980年代のバブル期や2000年ごろのネットバブル期に続いて、2008年ごろから第三次海外買収ブームはありました。ただ、経験が少ないためか、欧米でそれなりに成功例も多いのに比べると、日本でのこれまでの大型海外買収を見ると、以下のように失敗例が多いとのこと。以下のような例が載っていました。
・日本鉱業(現JXホールディングス)が1988年に米電解銅箔事業大手グールドを約14億ドルで買収したが、わずか6年後に同社を清算して約900億円の特損を計上。
・NTTコミュニケーションズは2000年に米国インターネット・サービス・プロバイダーのベリオを63億ドルで買収したが、2年以内に5000億円以上の特損を計上。
●成功率は50%程度…M&Aは買う方が負けで売る方が勝ちだった
ただ、日本企業に限らずM&Aの成功率というのがそもそも高くないともされていました。この測定自体は、買ってしまえば買わなかった会社はもう存在しないので、厳密に比較することはできないために困難。とはいえ、世界的にはM&Aの成功確率はおおむね50%ぐらいという理解が一般的だとのことです。
この根拠は株価の評価みたいですね。多くの研究ではM&Aにおいて売り手はおおむね30%程度の株価上昇が観測される一方で、買い手はおおむねプラスマイナスゼロだといいます。つまり株式市場は売り手の成功確率が100%で、買い手は50%程度と判断している、と説明されていました。
私が想定していた「買収は負け」「売りが勝ち」の回答もこの考え方です。事業が行き詰まって「買われてしまう」という場合、屈辱的ではありますけど、負の遺産を引き取ってもらってあわよくば立て直して貰うので実は売る方が勝ち。一方、買う方は失敗するリスクを背負ってまでお金を出すことになります。
事業に成功して「買ってもらう」場合も、売る方が勝ちなのはやはり間違いありません。この場合であっても、買い手が買収後その有力事業を必ず大きくできるかと言うと、実際にはダメになっちゃうことも多々あるわけで、やはり買う方にリスクが大きいのです。
企業買収というのは、一からその事業をやることを考えると時間を買えますし、コスト的にはやはり有利な気がします。買収しない企業より買収する企業の方が成功しやすいともいいます。とはいえ、買収すれば必ず成功というわけではなく、成功する確率は大きくない…というのが実情なんでしょうね。
●企業の価値より高いお金を支払って買うから当然ハイリスク
また、そもそも企業の価値とイコールの値段では、基本的に買収することができないというのもあるようです。お店の商品がそうであるように、元の価値にプラスした分の高いお金を払って買わなくちゃいけないために、買い手が得することが難しくなってくるんですね。
さらに、数社で争って買う場合、当然、そのプラスで支払わなくてはいけないお金はより大きくなり、お買い得な価格で買うのは難しくなるでしょう。これらは私なりに平易な書き方に直した説明なのですけど、記事での書き方自体は以下のようにかなり難しい説明になっていました。
<これはある意味当たり前の結果である。なぜならM&Aでは企業を買収プレミアム(例えば30%程度)を支払って買収するので、売り手はその事業に対する投資を終了してプレミアムを受領して撤退する。たとえ損切りでもIRR(内部収益率)が確定するのでリスク(結果の変動)はゼロである。
しかし同じ案件が買い手から見ると、100億円の会社を例えば130億円で買うので、これは30億円の負けから始める投資だ。一生懸命努力して30億円価値を高めても、人・物・金を投入して収益ゼロでは骨折り損になってしまう。M&Aは、売り手はノーリスク、買い手は高リスクというのが当たり前なのだ。従ってM&Aは買い一辺倒ではバランスを欠く。売りと買い双方をバランスよく実行して初めてビジネスポートフォリオの最適化が可能となる>
●「買いは大好きだが売りは大嫌い」だと負けるに決まっている
ところが、日本は買い好きの売り下手、負けるに決まっているようです。日本企業は主に買い案件ばかりで、売りもバランスよく実行してきた企業は日本にはほとんどないとのこと。日本人は、買いは大好きだが、売りは大嫌いなんですね。これが、日本企業がM&Aで失敗続きの1つの原因だと、服部暢達さんはしていました。
当然、勝率は半分どころじゃありません。もっと大幅に低いだろうとしていました。前述の例以外にも、以下のような失敗例があるとのこと。
・1989年のソニーによるコロンビア・ピクチャーズ買収(48億ドル)は95年に2652億円ののれんを一括償却
・1991年の松下電器産業(現パナソニック)による米映画・娯楽大手MCA社買収(74億ドル)は95年に1,642億円の特損を計上して売却・撤退。
・2000年のNTTドコモによるAT&Tワイヤレス社への16%出資は、04年に約4400億円の損失が確定
・2008年の第一三共によるインド制約大手のランバクシー・ラボラトリーズ買収では、買収直後に同社が米FDA(米食品医薬品局)に提出した試験データをねつ造していたことなどが発覚し09年に3595億円の株式評価損を計上
●M&Aで失敗しないために必要な基本条件5つ
また、これらの失敗は「買い案件において、失敗しないために必要な基本条件」を満たしていないからだと、作者の服部 暢達さんはおっしゃっていました。
(1)M&Aは負けから始める投資であるということを理解する。
(2)従って支払ったプレミアムを回収してこれを大きく上回る価値増大を実現するためには、買い手が自らの人・物・金を、いつ何をどのように投入して、どうやっていつまでにいくら価値を上げることができるのか、について綿密な計画を持っていることが必要だ。
(3)綿密な計画があっても、それを実行する権限がないと計画は画餅となってしまう。そのためには100%議決権の買収が必要だ。少なくとも50%超買収して経営権を掌握するこが基本である。
しかし過去10年間程度の日米のM&Aを比較すると、米国では全ての案件の80%以上が100%買収であるが、日本では逆に80%以上が100%未満の買収であり、50%未満の少数株主権の取得案件も多い。
(中略)プレミアムを支払って買収しながら経営権を取得しないというのは自ら価値増大を実現する方策を放棄する行為であり、M&Aの基本から逸脱している。
(4)経営権を取得したとしても、自分で経営する能力は自分自身にないといけない。(中略)
もし現地に任せてしまうと、価値増大が実現しないばかりか、現地の経営者になめられてしまう。なめられるとそのうち「もっと大きな買収をしたいからたくさん資金を送金してくれ」とか、「給料を3倍にしてくれ」とかわがままし放題されて、最後は首にすると法外な違約金を取られた、という話も決して少なくない。
(5)最後に、海外、特に欧米の経営者(ただし現地に任せていいのはCOOまで)を使いこなすには、アメとムチの両方が必要だ。アメとは欧米の場合おおむね単純に「お金」だ。現地で当該規模の会社の経営者が通常もらっているレベルの報酬は、たとえそれが日本の社長の報酬の2倍であっても、正当なレベルの報酬を支払わないと一流の経営者は雇えない。
しかし、金さえ払えばそれでOKというわけではない。ムチとは「リプレイサビリティー」だろう。現地の経営者になめられないためには、重要な経営方針はCEOが策定するという流れを保つことが必要だ。そうしていれば自分は言われたことを実行するぐらいには優秀だから使ってもらっているが、言われたことを実行できる人はほかにもいるだろうな、と思わせることができる。これならなめられることはない。
(3)の「経営権を取得しない」は日本人がリスクや責任から逃れるためじゃないか?と書かれていました。さもありなんです。どうも日本人は徹底して買収に向かない民族なのに、買収が勝ちで売却が負けだと思ってしまう厄介な性格のようです。
●東芝は原発企業買収失敗で不適切会計、武田薬品も高すぎ買収
2020/06/26:失敗例を追加。近年大きな問題になったのは、日本を代表する大企業の東芝ですね。買った原発企業の業績が振るわず、巨額の「減損」に追い込まれてしまいました。
国策企業東芝の倒産危機は国に責任 原発推進でWH買収に圧力かけて高値買いなどで書いたように、東芝は国の圧力があって買収したという事情もあるのですけど、ともかく失敗しています。
また、この東芝が大きな問題になったのは、この買収失敗がきっかけとなって、「不適切」な会計に手を染めてしまったということ。買収に失敗した企業がみな不正をするというわけではなく、別問題と言えば別問題なのですけど、企業買収の怖さがわかる話ではあります。
高すぎる買収でピンチとなっている企業というのは他にもまだあり、
負ののれん代の問題?武田薬品がアリナミン・ベンザブロック売却で書いた武田薬品もそういう企業。武田薬品の場合はシャイアーを高すぎる価格で買ったことが重荷になっている感じでした。
●企業買収のほとんどが失敗する理由 メリットを殺す企業文化の統一
2014/1/9:前半は日本人が書いた記事がベースですが、今回のものは海外の人が書いた話で、<買収後に待ち受ける、「文化の統一」という落とし穴>(テレサ・アマビール&スティーブン・クレイマー/HBRブログ|DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー 2013年11月12日)というタイトル。海外の人にとってもやっぱり企業買収はなかなかうまく行かないもののようです。
< ポールが働き始めた当初、彼の会社は創業したばかりで小規模だったが、最先端の研究を行なっていた。やがてこの新興企業は医薬品開発で成功し、大手の多国籍企業に買収された。不幸なことにこの大企業は、買収した会社の真の価値が特許ではなく、その人材と慣行であることを理解していなかった>
http://www.dhbr.net/articles/-/2219 "本社が真っ先に取りかかった"のは、"2つの組織(買収企業と被買収企業)のオペレーションに「ハーモニー」をつくり出すことを目的として"いました。「ハーモニー」と言えば聞こえがいいですが、要は"彼のグループにこれまでの慣行を捨てさせること"だったそうです。
「企業文化の統一」は主に「企業文化の統一に失敗した」として、統一することが良いこととして語られることの方が多い気がします。しかし、ここでは前述のように買収された企業の「人材と慣行」こそが真価だという評価です。
記事ではこの点を強調しており、他の部分でも"実はそれらの慣行こそ、ポールの会社を魅力的な買収候補とし、この買収を決定づけた要因であったのだ"と繰り返していました。ここらへんは傾いている企業の買収かと伸びている企業の買収かというところでも、考え方が異なってくるかもしれません。
●確かに協調は不可欠だが、全員が同じことをするという意味ではない
上記の事例では、合唱団で定期的に歌っていたというポールさんがうまい喩え話をして説得しています。
「“ハーモニー”と“ユニゾン”には違いがあります。ハーモニーとは、歌手たちが異なる旋律を歌うことです。複雑な旋律が見事に絡み合って協和音を奏で、皆が気持ちよく感じます。ユニゾンとは、皆が同じ旋律を歌うことですが、こちらはハーモニーのような豊かさや満足感は得られません」
作者は、組織を最もうまく機能させるのは、異なる部門間のハーモニーであり、全社的に統一された業務慣行ではないと指摘。買収後の協調は不可欠なことは確かですが、買収されたその企業はむしろこの義務を果たしていました。問題は、全員が同じことを、同じ方法でやるべきだとする無謀な考えだといいます。
素晴らしいなと思うのが、"幸いにもCOOは聡明だったので、ポールの説明を聞き入れて、グループに余計な口を出すのをやめた"ということ。これで買収企業も成果を収めることに成功したのですが、なかなかこうやって他人の意見を受け入れるのも難しいと思います。買収した企業も大したものです。
●優秀な人材が次々と離脱してしまう…企業文化の統一でのあるあるネタ
途中でも少し書いたように、企業文化の統一が必ず間違いかと言うと、迷いがあります。しかし、今回の事例では「全員同じ」を強調したために、離脱者を生んだことが書かれていました。企業買収をした後に創業者などの中心人物が去るということはよく聞く話であり、この対策は一考の価値ありですね。
<一方で、買収された他部署にはそうでない同僚たちもいた。元々の強みを維持しながら買収後の新たな企業文化に適応する、ということができなかったのだ。会社を去った優秀な科学者もおり、イノベーションへの意欲を失った社員もいた>
作者は、<我々の研究から、社員が献身的に働き優れたパフォーマンスを見せるのは、彼らが組織から評価されていると感じる時であることが明らかになっている>と説明。新興企業に成功をもたらした文化を壊そうとすることが最大の問題であるとして、以下のようにまとめていました。
<おそらくこれが、企業買収のほとんどがうまくいかない理由の1つだろう。買収企業と被買収企業の文化には、大きな隔たりがあるとされることが多い。だが、両者の均一化をはかるための過剰な取り組みが、一方の長所、もしくは双方の長所を抑圧してしまうのである>
さっき私は成功企業の買収の場合と失敗企業の買収の場合といった分け方をしましたが、単純に長所と短所という見方の方がいいかもしれません。記事の例のように一見短所に見えるところが長所を作り出している可能性もありますので、より重要なのは長所の方でしょうか。
単純に今ある特許だけ手に入ればその後一切働くことは期待していないという企業買収(買収後リストラみたいなのがあります)もあるでしょうけど、素晴らしい仕事をしている人たちに引き続き素晴らしい仕事を続けてもらいたいなら、長所を潰さないようにしなくちゃなりませんね。
【本文中でリンクした投稿】
■
新興国企業による企業買収 日本は敗北、イギリスは勝利と評価 ■
国策企業東芝の倒産危機は国に責任 原発推進でWH買収に圧力かけて高値買い ■
負ののれん代の問題?武田薬品がアリナミン・ベンザブロック売却【関連投稿】
■
会社の事業継承問題 後継者は実力よりも世襲がいい ■
のれん代とのれん代の償却のわかりやすい説明 ■
経費は無理に増やさない 税金はたくさん支払う方が利益も多い ■
ビジネス・仕事・就活・経済についての投稿まとめ
Appendix
広告
【過去の人気投稿】厳選300投稿からランダム表示
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
|