首相経験者が選挙で落選するというのはたいへん珍しく、戦後は3人のみだそうです…というクイズみたいな話。なので、クイズにしてしまいました。(2013/8/18)
2017/10/23追記:2017年衆議院選挙、菅直人元首相の勝敗は?
【クイズ】2013年現在、落選したことのある戦後の首相経験者は3人のみです。では、以下のうち、首相経験者で落選したことのある政治家は?
(1)海部俊樹
(2)菅直人
(3)羽田孜
●現役の内閣総理大臣での落選例はなし 2位当選でも珍しい
2013/8/18:どんだけ遅くなってんだよって話ですが、本当は2012年の衆議院選挙直後に書こうと思っていた話です。内閣総理大臣(首相)経験者が選挙で落選したのは戦後3人のみですが、誰だかわかりますか?という話でした。
さすがに首相ともなると知名度が高く、多くの人が知っています。そのため、落選することはあまりないです。
Wikipediaを見てみると、まず、"現職内閣総理大臣が選挙で落選した例はない"とのこと。さすがにないですね。しかも、"歴代の現職内閣総理大臣は1位当選することが殆ど"です。
ところが、現役の内閣総理大臣でも2位で当選(中選挙区制時代のため)といった例があります。それは中曽根康弘元首相で、"1983年と1986年の2回の衆院選で2位当選になっている"ようです。
●群馬県は首相経験者だらけで選挙違反も活発
ただし、相手はあの福田赳夫元首相でした。中曽根康弘さんより先に首相だった方。福田康夫元首相のお父さんですね。群馬県って自民党強いんですかね?以下のようにとっても豪華でした。
首相在任中2度あった総選挙(1983年の第37回と1986年の第38回)では現職首相でありながらトップ当選できなかった(当時は中選挙区制)。これは戦後の首相では中曽根だけ。トップ当選したのはいずれも福田元首相で、首相経験者同士が同じ選挙区(旧群馬3区)で対決したことになる。中選挙区時代の旧群馬3区は、福田のほかに同じく首相を務めた小渕恵三や社会党書記長などを務めた山口鶴男といった大物がそろった日本でも有数の激戦区でもあった。
Wikipedia
「上州戦争」や「福中戦争」と言うらしいですね。すごいなぁと思うのが、当時彼らは競うように選挙違反(ご馳走の提供)を行なっていたという話。今では考えられません。
(関連:
小渕優子の父小渕恵三も選挙違反 福田赳夫・中曽根康弘らも)
●内閣総理大臣(首相)経験者が選挙で落選したのは戦後3人のみ
では、現職ではない元総理の落選者3人とは誰か?と言うと、答えはこちらでした。
内閣総理大臣経験者が選挙で落選した例として片山哲(1949年・1963年)と石橋湛山(1963年)と海部俊樹(2009年)の例がある。
2人は古い人で、最近では海部俊樹さんだけです。これを衆議院選挙直後にやりたかったってのは、菅直人さんという間違い回答を想定したひっかけ問題でした。小選挙区の落選であって、当選はしているんです。
【クイズ】2013年現在、落選したことのある戦後の首相経験者は3人のみです。では、以下のうち、首相経験者で落選したことのある政治家は?
(1)海部俊樹
(2)菅直人
(3)羽田孜
【答え】(1)海部俊樹
当時見たときにはありませんでしたけど、今見るとWikipediaでは菅直人さんについても、"また、菅直人(2012年)は小選挙区で落選し、比例復活当選をしている"と補足されていました。
あと、2012年は鳩山由紀夫さんも出ていれば負けていたはずです。不戦敗みたいなものですね。
●落選した戦後3人の首相経験者の所属政党は?
二度の落選という金字塔を打ち立てた片山哲さんは、日本社会党という珍しい所属政党の首相でした。
一方、石橋湛山さんは現在まで続く自民党の首相という王道路線。病気で倒れたため短命の内閣として有名ですが、その後も政治家は続けていたんですね。で、晩年は落選して引退となりました。
最後の海部俊樹さんもまた自民党の首相です。しかし、この方は離党しています。落選は離党時かな?と見てみると……以下のようになっていました。
1994年6月29日、自民党総裁の河野洋平が、党の政権復帰のため日本社会党、新党さきがけと自社さ連立政権構想で合意し、首班指名で社会党の村山富市に投票することを決めると、これを拒否して離党。同じく造反した津島雄二の説得により、旧連立与党である新生党や日本新党から首班指名の統一候補として担がれるも、自民党からの造反は期待されたほどは起こらず、決選投票で敗れることになる。その数日後正式に離党し自由改革連合を結成し代表に就任、新進党を結党し初代党首となる。
新進党分党後は1年1ヶ月の無所属暮らし(院内会派「無所属の会」)を経て、自民党との連立政権に加わった自由党に入党。2000年の同党分裂の際には、自民連立継続派の保守党に所属する。
保守新党に改組して臨んだ2003年に第43回衆議院議員総選挙では、民主党の新人岡本充功に比例復活を許したが、小選挙区勝利で連続当選記録を伸ばし、選挙直後に吸収合併される形で自民党に復党した。復党後は古巣河本派の後継である高村派には戻らず、二階俊博ら一緒に復党した旧保守新党議員らと二階グループを結成した。
自民党復党の折には、安倍晋三自民党幹事長(当時)から復党を「諸手をあげて歓迎します」と言われ、離党した際に撤去された海部の肖像画も再び掲額された。
2009年の第45回衆議院議員総選挙にて、小選挙区で岡本充功に敗れた。比例代表候補は73歳未満と定めた党規に抵触し重複立候補が許されなかったため落選し、同日政界引退を表明。海部は総理大臣在任中の成果を強調し選挙に挑んだが、海部の首相時代を知らない若い世代の有権者が増えた事も落選の一因と見られている。首相経験者が落選したのは、1963年の第30回衆議院議員総選挙の石橋湛山、片山哲両元首相以来46年振り、自民党総裁経験者としては石橋以来2人目である。
Wikipedia
あら、覚えていませんでしたけど、自民党に復党して負けていたんですね。民主党大勝のときの選挙です。「46年振り」ということで、大記録を作ってしまいました。
●2017年衆議院選挙、菅直人元首相の勝敗は?
2017/10/23:菅直人元首相が4人目なるか?ということで、夕刊フジがはしゃいでいました。立憲民主党の菅直人元首相(71)と自民党の土屋正忠氏(75)の対決となった東京18区は、自民党候補が優勢、菅直人元首相が劣勢と言われていたのです。
夕刊フジは、菅直人元首相の選挙運動に関して、支援者以外の聴衆の広がりは限定的だったとしています。そして、永田町関係者という人の以下のようなコメントを載せていました。
「菅氏は前回、土屋氏に小選挙区で1万5000票以上の差をつけられ、比例でもギリギリで復活を果たした。立憲民主そのものの得票も未知数で、前回以上に厳しい選挙になるかもしれない」
(
菅直人氏、因縁対決も劣勢 首相経験者が落選する事態になるか 2017年10月13日 17時6分より)
ただ、今回は比例復活でもなく、小選挙区で勝利。戦後4人目の元首相の落選はお預けとなりました。
<東京18区>
菅直人 立憲民主党 96,713 40.73%
土屋正忠 自民党 95,667 40.29%
鴇田敦 希望の党 45,081 18.98%
(
東京-開票速報-2017衆議院選挙(衆院選):朝日新聞デジタルより)
あと、夕刊フジでは、希望の党の鴇田(ときた)敦さんについて、"永田町関係者は「選挙戦に与える影響はほとんどない」とみる"と書いていたものの、2割も票をもらっていました。鴇田さんが出なかった場合、かなり票数が違っていたものと思われます。
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