粗探しをしようとすれば、見つけられそうな話ではありますが……。
戦後の世界史に見る領土問題 経済的な成功と領土は無関係|田岡俊次の戦略目からウロコ|ダイヤモンド・オンライン
2013年7月25日 田岡俊次 [軍事ジャーナリスト]
テリトリー争いは人類だけの本能でなく、全ての動物、サルでもアリでもそれで争うだけに、領土問題は根深い本能を呼び覚まして激しい闘争になりがちだ。第1次世界大戦(死者約1500万人)、第2次世界大戦(死者3500万人~6000万人)も領土問題が原因だ。
人類は狩猟、採取経済の時代にも他の動物と同様に、エサ場を巡って争っていただろうが、考古学者によると、農耕時代になって一挙に争いは激しくなったようだ。狩猟や漁労では、仮に縄張りを2倍にしても獲物が2倍とれるとは限らず、技量(腕前)の方が問題だ。他人が縄張りに入るとケンカになり、追い出すことはあっても、縄張りを際限なく拡大する意欲は生じなかったろう。
http://diamond.jp/articles/-/39254 転機は農業の発達です。
だが、農耕では耕地面積と収量はほぼ比例するし、畑の作物や食料庫など守るべきものも出て来る。食料の供給が安定して人口も増えるから、一部の者が弓や槍で武装して巡回し、その兵力で他の部族を追い払って耕地を拡大することになったらしい。日本でも縄文時代の石の矢尻は鳥や小動物に刺さって抜けないように、三角形の小型だが、弥生時代になると深く刺さるナイフ型で殺人用の矢尻が爆発的に出土し、農耕にはやや不便なはずの丘の上に、堀と柵をめぐらし、櫓(やぐら)を立てた要塞型の環濠集落が出現した。武器、兵士、戦争、国家は農業(牧畜を含む)と共に生まれた。
しかし、農業第一の時代もまた終わりを告げます。
農業中心の経済は日本では約2500年前から(中国、中東では1万年以上前から)ごく近年まで続き、明治初期に農民は人口の79%、1950年でも就業者の45%は農業だったから「土地が何より大事」との観念は根深い。だが今日GDPに占める農林水産業の比率は日本で2010年に1.42%、アメリカで1.06%、中国10.43%、インド17.61%であり、商工業、サービス業が主体の先進国では領土面積と国力とはほぼ無関係となった。30万t級のスーパータンカーや5万t程のバルクキャリア(鉱石などのばら積み船)の発達で、海上輸送コストは陸上輸送の数百分の1になったから、先進国では高い人件費をかけて国内資源を採掘するより、輸入した方が有利となった。
ここらへんは食料自給率向上を掲げる日本人には受け入れられない話でしょうけどね。
さて、植民地を失った国の例。
ドイツの場合、第2次世界大戦後東西に分割され、戦前の1938年に合併したオーストリアも分離されて、西独の面積は戦前のドイツの42%になったが、1961年に戦勝国の英、仏をしのぎ欧州第1位、世界第2位の経済大国となった。西独が米国から受けた「マーシャルプラン」による援助は英の44%、仏の57%だったが、英、仏は植民地の確保や分離への過程で資金を費やしたのに対して、西独はすべてを復興に使えた。また東独やソ連によりポーランド領とされた地域からドイツ人難民850万人が西独に流入し、多数の熟練工など良質の労働力が急増したことが“奇跡”の要因だった。
そして、我が国の場合です。
日本の成功はドイツ以上だ。日本は台湾、南樺太、朝鮮などを失い、領土面積は戦前の54%になったが、満州国の130万平方キロメートルも実質的には日本の支配下にあったから、それを含むと領土面積は戦前の20%余に減った。日本はマーシャルプランの援助も受けずに、1968年にドイツを抜いて、戦前夢にも思わなかった世界第2位の経済大国となった。ドイツ、日本の成功は現代の商工業、サービス業主体の経済では領土ではなく、労働力の質と量、経済体制(市場経済)、資本、技術、国外市場(友好関係)などが国力を決める要素であることを示している。
なお、"ドイツと日本の復興が早かった他の要因として、戦争による工業設備の被害が意外に軽かった"ということがあるそうです。
嫌な話ですが、当時の戦争は「工場を壊すことより、人を殺す方が得意だから」という理由のようです。
当時のB29による爆撃は1万メートルほどの高度から爆弾をバラバラと帯状に投下するものだから、工場を狙っても致命的部分に当たることは少なかった。1944年6月15日、初のB29による爆撃が北九州の八幡製鉄所に行われ、75機が各8発の爆弾を積み中国奥地の成都を発進したが、製鉄所構内に落ちたのはわずか5発で、それも高炉など重要な場所に当たらず、効果はゼロに近かった。この攻撃で7機のB29機が失われた。武蔵野市の中島飛行機工場への1944年11月24日のB29 、111機による爆撃も効果なく、B29の喪失2機だった。結局9回目、1945年4月7日の攻撃で操業を停止させた。
在マリアナ(グアム島など)の米21爆撃軍団司令官のハンセル准将は精密爆撃で軍需工場を狙ったがB29の損害が大きい割に効果が乏しい、と更迭され、後任のルメイ少将は都市を焼夷弾で焼き払う安易で非人道な戦法に切り替えた。街は焼け野原になったが、郊外の工場の多くは被害を免れた。
(中略)ドイツは激しい地上戦の末にソ連軍、米英軍に占領されたから、工場も全滅したか、と思っていたが、損害は10%程度で「フォルクスワーゲン工場に命中した爆弾は1発」との記録もあり、工業の被害は意外に少なかったようだ。ドイツ軍が拠点として立て籠もっていない限り、ベルリンへ急ぐ陸軍が工場を攻撃する理由はなかったのだろう。
国土の広さに関する話に戻ります。
戦前、東洋経済新報社の社長で硬骨の自由主義者だった石橋湛山は、日本の植民地が台湾だけはなんとか採算が合っても、他は大赤字だった状況の中、「属領は全て捨て去るべし」との小日本主義を唱えた。「満蒙は日本の生命線」と陸軍が唱えて大陸に支配地を拡げ、国民もそれに熱狂していた時代に正反対の説を公然と唱えて逮捕もされず、日記によれば、警察署に招かれて世界経済についての講演までしていたのは驚きだ。彼は第2次世界大戦後に吉田茂内閣の大蔵大臣、鳩山一郎内閣の通産大臣をつとめ1956年に自民党総裁・首相となったが、3ヵ月後に病気で辞任した。だが彼の説の正しさはその後の日本の高度成長で証明された。領土が20%になった日本は敗戦のおかげで赤字部門だった属領をあっさり切り離すリストラクチュアができ急浮上した。
へー、石橋湛山首相って短命政権に終わった首相ってイメージしかなかったんですけど、東洋経済新報社の社長だったんですね。
この石橋湛山さんと似た説を唱えた方は海外にもいたようです。
英国でも19世紀半ばに、植民地放棄と自由貿易を求める「小英国主義」の経済人、学者が現れた。英国は当時最先端の工業国、最大の海運国、第一の金融大国で、その儲けを植民地の警備・行政費や港湾・鉄道・電信などインフラ整備に吐き出していた。その約1世紀前には天産豊かな北アメリカの植民地も大赤字で英国は財政危機に直面し、受益者負担を求めて、北米での茶や砂糖の関税を上げ、印刷物に収入印紙を貼らせたりしたため、入植者が反乱を起こしアメリカは独立した。独立13州の面積は今の英国の9.5倍に当たるが、それを失っても英国は衰退どころかナポレオン戦争に勝ち、最盛期に向かった。英国は第2次世界大戦で疲弊し、植民地をほとんど手放したが、もし儲かるものなら持ち続けたはずで、やはり負担の方が大きかったのだ。
英政府はフォークランド諸島もアルゼンチンに返還しようと交渉を始めたが、英国人住民1800人の反対でとん挫し、1982年にアルゼンチン軍が占領した。英軍が奪回に成功し、大国の威信は保ったが、その後兵員1200人や戦闘機、フリゲート艦などを島に常駐させざるをえず財政難に拍車をかけた。これに懲りた英国は、かつて発見しだい英国領にした小島をその付近の国々に譲渡して回り、管理責任を免れる巧妙な政策を取った。「寸土も譲らず」の正反対だ。
フランスは第2次世界大戦で日本に奪われたインドシナの植民地を戦後再征服しようとしてベトナム軍に敗れ、アルジェリアでは50万人の大兵力を投入してアラブ人ゲリラの抑え込みにほぼ成功したかに見えたが、戦費は歳出の4割に達し、財政破綻寸前となった。第2次世界大戦で自由フランス軍を率いたドゴール将軍が再登場し、アラブ側と秘密交渉を重ねて1962年にアルジェリアの独立を認め、フランスは立ち直った。彼は領土を守ったのではなく、本土の4倍以上もあるアルジェリアの分離に成功し「救国の英雄」となったのだ。
ロシアもソ連邦の崩壊で14国が独立し、面積はソ連の76%、人口は49%に縮小したが、GDPは1990年と2010年の間に2.64倍に拡大した。ロシアと中国は1991年から国境画定交渉を始め、紆余曲折の末2008年10月に完全解決し記念碑除幕式が行われた。中国はベトナムとも1993年から国境画定交渉を始めたが、山地、密林だけに係争地点が289ヵ所もあり、それを現地で1つずつ解決する根気の要る交渉だったが、2009年2月最終確定式にこぎつけた。中露、中越国境の国境貿易は盛んで双方の国民を潤している。
実際には現在の中国は日本を含めて複数の国と領土問題で揉めています。
これについては、"尖閣問題で「寸土も譲らず」という中国人は、中国が武力紛争を続けていたロシア、ベトナムと領土を譲り合って国境画定に成功した事実を知らないのだろう"と記事では書いていました。
見識が狭いんですね。
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