<アメリカ製造業の空洞化 国内回帰で工場は戻ったが雇用は戻らず>、<工場が海外移転で日本の雇用者減少は嘘…実は昔から減っていた>、<貿易戦争で中国からの輸入を減らしたトランプ政権で国内回帰成功?>、<製造業が国内雇用者を増やさないのは「左翼」ではなく右派のため?>などの話をまとめています。
●アメリカ製造業の空洞化 国内回帰で工場は戻ったが雇用は戻らず
2014/3/7:
中国調達バカと生産回帰バカにつけるクスリ(日経ビジネスオンライン 坂口 孝則 2014年1月22日)という記事は、
日本でもすでに起きていた製造業のリショアリング・国内回帰に絡みそうだなと読んだ話です。
かつて製造業を"捨てた"アメリカが、「やっぱり製造業が大事だった」と言って最近は方針転換。製造業の国内回帰=リショアリングがブームとなっていました。これは、他の投稿でも何度か書いています。
ところが、製造業の生産がある程度国内回帰したところで出た雑誌の見出しが「メイドインUSA:製造が戻ってきた―しかし、仕事はどこにいったんだ?」(2013年4月TIME紙)でした。つまり、実際には雇用が回復せず、製造業の空洞化は続いていたのです。
このTIME紙が例外というわけではなく、アメリカへの製造業回帰を歓迎していた、製造業向けのニュースサイトManufacturing.netですら、「雇用はアメリカに戻ってきていない」と書く始末。「製造業回帰は素晴らしい」と信じていたものの、実際にはそうではなかったようなのです。
●そもそも製造業の国内回帰が可能だった理由をよく考えてみろ!
雇用が戻らない理由の一つは、アメリカへの製造業の国内回帰が可能だった理由そのものに関係してきます。2013年に話題になった3Dプリンター技術、ロボット技術、進化した自動化ライン・リーン生産などは、いずれも少ない労働力での工場運営を可能にしたものでした。
中国の人件費が上昇している、物流コストが少なくて済むという利点があったとしても、アメリカ人をそのまま雇うのはやはり高くつきます。省力化をはかることで、国内での生産でも中国に勝ることができました。ただ、それは逆に言えば、雇用をあまり増やさないということになります。
記事では、たとえば、"米ゼネラル・エレクトリック(GE)の20万平方フィートの莫大なバッテリー工場で雇用したのはたったの370人だった"という話がありました。
●国内回帰は大げさな可能性 そもそも言うほど大きくない工場では?
…ただ、よくよく考えてみると、上記の例はどうかなと感じました。20万平方フィートは18,580平方メートルほどみたいです。これが正方形なら1辺が136mほど。工場としては全然大きなく、小さめなくらいですよ、これ。
人数的にもこの規模で370人なら、私の知っている工場から見るとむしろ多いと感じます。ただ、私の知っている工場は人の手があまりいらないものなので、少なすぎるのかも。
比較のために例の無残に失敗したシャープの亀山工場を。こちらの敷地面積は約33万平方メートル。莫大な大きさの工場ってのはこういうことでしょう。一時期働いていたのは関連会社、協力会社の従業員7100人です。
1万平方メートルあたりの従業員数
・GE 370人÷18,580平方メートル=199人/万平方メートル
・亀山 7100人÷33万平方メートル=215人/万平方メートル
あら、ちょうど同じくらいでした(計算ミスなければ)。考えてみると日本だって人件費高いんですからそれも当然でしょうか。しかし、日本も同じだと考えると、やはり生産回帰しても雇用が生み出しにくいということが言えます。私の知っているタイプの工場なら、もっと働いている人が少ないのでさらに悲惨です。
また、さっきの20万平方フィート程度の工場で大きいと言っているところを見ると、アメリカで戻ってきている工場自体が小さいのかも。たぶん「生産回帰」と言って盛り上げているだけで、そもそも大した工場が戻ってきていないという理由の方が大きいんじゃないでしょうか?
●マジで国内回帰が大規模に起きた場合でも、雇用が増えないことがある
加えて本当に大規模な工場が戻ってきた場合でも、失業率が高いのに人手不足で雇える人が少ないという事態になりかねません。なぜ?と思うかもしれませんが、求めるような高度な人材が失業者の中に少ないせいです。これは日本国内事業でも普通に見られるもので生産回帰に限らない現象。いわゆる雇用のミスマッチですね。
雇用のミスマッチは一旦海外に移転した後で戻ってくるという場合は、特に問題になります。海外に行っている間に熟練者は年を取り、技術の伝承がなされていないためです。当然日本にも当てはまる話でしょう。「だから海外移転なんかダメなんだ!」と勢いづくかもしれませんが、時既に遅しです。
今さら「海外移転するな!」と声高にそんなことを叫んでみたところで、熟練工がいきなり生まれてくるわけではありません。やはりバカの一つ覚えのように製造業の国内回帰を進めて(勧めて?)も、日本の製造業が復活することはないと考えるべきでしょう。
●工場が海外移転で日本の雇用者減少は嘘…実は昔から減っていた
2022/05/10:ここから<工場が海外移転で日本の雇用者減少は嘘…実は昔から減っていた>や<日本が経済成長するには? ~輸出、製造業信仰からの脱却~>というタイトルで書いていた投稿。もう少し広いテーマですが、<マジで国内回帰が大規模に起きた場合でも、雇用が増えないことがある>の関連でまとめています。
2012/2/4;今まで溜めていた記事がたくさんあるので、「日本が経済成長するため」というテーマでいくつか放出してみることに。大きく今あるやり方の駄目な点を指摘するタイプと、厳しい中でこうしようという提案するタイプがありました。
まず、
「製造業の信仰」を捨てよ~雇用を増やす複眼思考(ダイヤモンド・オンライン 熊野英生・第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 2011.9.14)は、提案型のタイプです。記事では、製造業の生産拡大が雇用拡大を示さない証拠として、鉱工業生産指数と就業者数の関係を示すグラフを見せていました。この二つは全然関係していないのです。
製造業の就業者数はトレンドとして右肩下がり。過去20年間にわたってトレンドに変わりがありません。今になって「産業空洞化」が不安視されるのはおかしな話なのです。ここで重要なのは、生産水準の回復とは無関係に減っているということ。つまり、働く人が減ったとしても、必ずしも生産は落ちたわけではなかったのです。
おそらく製造業は、周期的に訪れる生産調整の度に、大規模なリストラを行なって、その後生産回復する局面であっても、雇用を増やしてこなかったのだろうと記事は推測。この状況は、「工場が海外移転するから製造業の雇用者が減る」というステレオタイプと事情が異なっていることを指摘しています。
●製造業より観光需要…期待できるのは訪日外国人観光客の消費
これだけだと、日本がトンチンカンな議論をしていることを指摘しただけです。提案にはなっていません。ただ、もう一つ、記事では「日本が経済成長するため」の提案もあったのです。
3.11の震災と続く福島原発事故によって、海外から日本にやってくる訪日外国人が激減したことはよく知られています。ただ、実際にはこのところ、訪日外国人は急速に回復。震災前の訪日外国人の消費額は約1.0兆円(渡航費を除く)と推定されていました。観光需要の効果は、内需にとっても小さくないとして、ここに注目していました。
どうかなぁ?という提案ですが、ラオックスを買収した中国企業なんかはうまく家電製品を売り込んでいるみたいですし、期待しすぎない方が良いと思いますが医療ツーリズムの試みもあります。とりあえず、前向きなチャレンジは応援したいです。
(2019/03/12追記:などということを書いていましたが、訪日観光客はすごい伸びましたね。中国人の「爆買い」が流行語となったものの、失礼な言葉だと考えているのか、
菅義偉官房長官が「消費していただく」という言い方をわざわざしていたほどでした)
●有望産業を優遇すべき?世界同時不況から急回復した台湾の答え
「日本が経済成長するため」のヒントになりそうなもの…ということで、
台湾の知られざる変貌 人口2300万人の小さな巨人が目指す 輸出と内需の“ダブルエンジン”成長モデル ~劉憶如・台湾経済担当大臣に聞く(ダイヤモンド・オンライン 2011.9.16)の台湾の例も。これがかなりおもしろかったんですよ。
台湾は、受託生産主体で外需頼みの成長モデルでした。ただ、これが2008年以降の世界同時不況の影響をもろに受けることに…。ただ、個人消費・民間投資の促進政策を矢継ぎ早に打ち出し、中国との交流を拡大させ、経済構造の転換を大胆に図ってきました。その甲斐あって、2010年は10%を上回る成長を達成し、日米欧経済が混迷を深める2011年も5%近い成長率を維持する見通しだといいます。
台湾は、内需の拡大や世界経済変動への耐性が強い新興産業の育成などに力を入れているそうです。ただ、おもしろいと思うのが、日本が好むような国が有望産業を重点的に支援するという形を取っていないこと。キーワードが、ズバリ「平等な競争環境の提供」でした。
政府は将来有望なビジネスや産業のポテンシャリティーについて見解を示すことはあれども、自らの手で有望産業を決めるようなことはしない、といいます。劉憶如・台湾経済担当大臣は、以下のような言い方をしていました。
「同じ競技場で戦ってもらい、マーケットが勝者を決めるという姿勢を貫きたい。その競技場を整備するのが、政府の役割だ。そこで戦い勝利した産業が、投資を呼び込み、雇用を生み出し、賃金水準を向上させ、さらに消費増につながるような好循環をもたらしてくれると考えている。
そのためにまず公平な租税環境を整えた。ハイテク産業に対する税制優遇措置を見直し、その一方で法人税率を一律25%から17%に引き下げた(2010年1月に遡って適用)。あらゆる産業セグメントを公平に扱うという意思表示である」
●貿易戦争で中国からの輸入を減らしたトランプ政権で国内回帰成功?
2020/06/24:これで何度目かはもうわからないのですけど、また国内回帰が始まるとか、国内回帰が進んでいるとかいったブームがやってきました。こういうのはデータなしのイメージ論で、いつも虚構なんですよね。とはいえ、今回は新型コロナウイルス流行がきっかけということで、可能性を感じるものです。
ところが、その新型コロナウイルスでも国内回帰は無理とする記事がありました。その名もズバリ
コロナ禍、それでも中国から工場は戻ってこない | ビジネス | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイトという記事です。エドワード・オルデン・米外交評議会上級研究員によるものでした。記事では、まず、国内回帰が進んでいるように見える話を紹介しています。
<5月半ばには台湾積体電路製造(TSMC)が、アリゾナ州に半導体製造工場の新設を発表した>
<後発医薬品やその原材料(その一部は新型コロナウイルス感染症の治療にも使われる)をバージニア州で生産するという新興企業には、(引用者注:トランプ政権が)総額3億5400万ドルの政府支援を約束した>
トランプ政権は、鉄鋼・アルミ製品への追加関税、北米自由貿易協定の再交渉、中国との貿易戦争などで、製造業の国内回帰を目指しました。アメリカが中国からの輸入品に課す関税率の平均は、2018年1月時点で3.1%だったのが、今や20%に迫ろうとしています。
ただ、それでアメリカ企業は戻ってきたかというと、全くそうはなっていないと指摘。コンサルティング会社カーニーが発表した最新の「回帰指数」報告を見ても、米国内の工業生産高は横ばいのまま。カーニー社によれば、貿易戦争のため中国からの輸入は2018年から2019年にかけて17%ほど減ったものの、その他のアジア諸国やメキシコに移っただけなんだそうです。
●製造業が国内雇用者を増やさないのは「左翼」ではなく右派のため?
エドワード・オルデン・米外交評議会上級研究員は、さらにこれからも戻ってこないと指摘しています。先程のコンサルティング会社カーニーが発表した最新の「回帰指数」報告でも、その可能性は低い」と結論していました。その理由の一つは、貿易戦争と感染症の拡大が同時進行している現状で、アメリカ企業が製造部門を本格的に国内へ戻すとは考えられないためとされています。
また、第2に、現業部門の自動化が進む現状では、製造拠点を国内に回帰させても、アメリカ人が満足するような雇用の創出につながる可能性は低いためという説明。私が他の投稿を含めて指摘してきたことですね。そもそも現代の最新の製造業は、大幅な雇用拡大に寄与しない産業だと考えるべきでしょう。
このようになったのは、企業が効率性を追求してきたためです。エドワード・オルデン・米外交評議会上級研究員は、トランプ政権に対し、自分たちに反対する者を「社会主義者」、日本で言う「左翼」呼ばわりする割に、右派らしく資本主義的な効率の飽くなき追求をしないのはなぜなのか?といった指摘もしていました。
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