グラフェンナノリボンに関する話をまとめ。<グラフェンナノリボン論文撤回 名古屋大伊丹健一郎教授らの研究>、<捏造・改ざんの不正はなんと54カ所!元大学院生は不正を認めず>などをまとめています。
冒頭に追記
2023/02/10追記:
●やはり以前の論文でも不正? 名古屋大院生の修士・博士が取消しに 【NEW】
●やはり以前の論文でも不正? 名古屋大院生の修士・博士が取消しに
2023/02/10追記:検索していて、
学位の取消しについて | 大学からのお知らせ - 名古屋大学(2023年02月09日)というページが目に付きます。「学位の取消し」って珍しいな、厳しいな…と思ったらグラフェンナノリボン論文の件で納得。ちょっと久しぶりだったので、名古屋大学という名前も見えたのに思いつきませんでしたわ…。
<名古屋大学は、本学が授与した修士及び博士の学位の取消しを決定しましたので、下記のとおり公表します>
学位: 修士(理学)
学位授与年月日: 2017(平成29)年3月27日
学位: 博士(理学)
学位授与年月日: 2020(令和2)年3月25日
学位論文題目: Precise Synthesis of Graphene Nanoribbon by Annulative π-Extension Polymerization
(縮環π 拡張重合によるグラフェンナノリボンの精密合成)
3回前に<名大「大学院生は最初から不正行為を繰り返していたとみられる」>のところで私は、名古屋大学が元大学院生は<15年ごろから不正行為を繰り返していたとみられる>とする一方、<不正が見つかったのは元大学院生が関与した7本の論文のうち、2019~20年に英科学誌ネイチャーや米化学会誌に発表した3本>というのは変だと書いていました。
一方、今回の結果では、2017年に修士号の学位も取り消されていますので、ひょっとしたら2017年以前の論文においても不正が認められたのかもしれません。その方が辻褄が合いますので、納得できる話です。
●グラフェンナノリボン論文撤回 名古屋大伊丹健一郎教授らの研究
2020/11/27:
名大チームのネイチャー論文撤回 実験データに誤り:中日新聞Web(2020年11月27日 05時00分)によると、英科学誌ネイチャーは、2019年6月に掲載した名古屋大トランスフォーマティブ生命分子研究所の伊丹健一郎教授(合成化学)らの研究チームによる論文を撤回したと発表しました。
論文は、次世代の半導体の材料として期待される炭素素材「グラフェンナノリボン」を、精密に合成できる技術を開発したと報告したもの。ただ、発表後に、炭素素材の構造などを確認した装置の実験データの一部に誤りがあるほか、信頼性のない実験結果が含まれていたことが分かり、伊丹教授らが名大本部に申告。ネイチャー側にも論文の撤回を申し入れていたそうです。
名大は調査委員会を設置し、経緯や原因、研究不正に当たるかなどについて調べいている最中だといいます。ただ、この記事を読む限りは、不正といった感じではありません。伊丹健一郎教授らは、自ら誤りを申告したということで、非常に真摯な対応。他の研究者の方も見習ってほしいくらいです。
●いかにもすごそうな次世代半導体素材「グラフェンナノリボン」とは?
ところで、この研究は過去にはどう報じられていたのでしょう。次世代半導体炭素素材「グラフェンナノリボン」というのも、なんだかすごそうな響きであり、気になります。ついでに言うと、伊丹健一郎教授の所属する「トランスフォーマティブ生命分子研究所」というのも、かっこいい系ですね。わけがわかりません。
検索して見つけた過去記事としては、
次世代半導体材料「グラフェンナノリボン」を精密合成、数年以内に実用化へ|ニュースイッチ by 日刊工業新聞社(2019年06月28日)といったものが出てきました。「170ナノメートルの長さを制御、名大が成功」というサブタイトルもついています。
この当時の記事によると、名古屋大学の伊丹健一郎教授らは、次世代の半導体材料となりうるグラフェンナノリボン(GNR)の精密な合成に成功。グラフェンナノリボンの長さや幅、構造をすべて制御できる「リビングAPEX重合法」を開発しました。
重合の開始剤と反応の基質であるモノマーの混合比率を変えるだけで170ナノメートル(ナノは10億分の1)まで長さを制御できます。こうした精密制御によるグラフェンナノリボンの合成は世界初というところが画期的でした。成果は英科学誌ネイチャーに掲載されるとなっており、やはり問題となった論文の件だとわかります。
グラフェンナノリボンはグラフェンをナノメートルサイズの幅に切り出した帯状物質であり、導電性や半導体性といった性質が長さと幅、構造に依存します。しかし、長さと幅、構造が制御できず、大量生産も困難だったのが問題でした。名古屋大学の研究は、その課題を克服したという話です。
研究グループは、田岡化学工業と量産技術の確立に関する共同研究を実施中。数年以内に実用化することを視野に改良を続けると当時は言われていました。今回発表された「信頼性のない実験結果」がこの実用化にどの程度影響するかは不明で、関係ないような感じもありますが、一般的にこうした画期的な研究による実用化はほとんど実現しない…ということは言及しておきたいです。
●伊丹教授「不自然で人為的な操作に見える」「元データが行方不明」
2020/11/29:最初の投稿時、<この記事を読む限りは、不正といった感じではありません>とうっかり書いてしまったのですが、別記事を読むと、「実験データに不自然な点が見つかった」というニュアンスのかなり異なる書き方でした。これは、
名古屋大チーム、ネイチャー論文撤回 実験データに不自然な点、不正の有無調査:朝日新聞デジタルという記事の記述です。
気になってさらに別記事を検索。すると、
名大が化学論文の不正調査 伊丹教授らが発表、撤回:時事ドットコムで決定的な話が載っていました。伊丹健一郎教授は「実験結果に不自然な部分があり、人為的な操作があると感じた」と言っていたのです。不正じゃなさそうどころか、むしろ不正の疑いが強いという見方でした。
なお、伊丹健一郎教授は「基になるデータがパソコンに入っていたはずだが、見つかっていない」とも話しています。実を言うと、こちらもかなり重要。元データなしで「不正なし」としてしまうと、不正をした人は削除すればOKになるために、元データなしの場合は基本的に不正とみなすべきです。実際、政府機関のガイドラインでもそうなっており、その意味でも不正濃厚な案件と言わざるを得ないでしょう。
●京都大でもグラフェンナノリボンの精密合成に成功したとの発表
2020/12/22:グラフェンナノリボンに関する画期的とされる研究はたびたび発表されているようで、検索してみると結構見つかります。
うねり構造をもつグラフェンナノリボンの精密合成に成功 ー非ベンゼノイド構造の新規構築反応を開発ー 京都大学というプレスリリースもその一つ。名古屋大学ではなく京都大学の例ですね。
こちらでは、小川直希 薬学研究科・日本学術振興会特別研究員、高須清誠 薬学研究科教授らの研究グループが、5~7員環芳香環を含んだうねり構造を有する新規グラフェンナノリボン(GNR)の完全精密合成に成功した…とされていました。このうち、小川直希さんを検索してみると、2018年で博士後期課程1年とあるので、まだ院生なのかもしれません。
グラフェンナノリボンは帯の長さや幅だけでなく、エッジ構造や格子欠陥の違いで大きく異なる性質があるものの、それを原子レベルで精密に制御して作ることは困難だというのが課題。今回の研究では、格子欠陥としてアズレン環(六員環構造を持たない芳香環)を高密度に組み入れたGNRの精密合成に成功。これまでにない性質をもつGNRの創製につながることが期待されるそうです。
●再現性がないデータ…伊丹健一郎教授のチームでさらに2論文が撤回に
2021/02/25:最初のんきなことを書いてしまったこの件ですが、むしろ通常よりヤバイやつっぽいですね。また別の論文が撤回されました。「グラフェンナノリボン(GNR)」に関し、米化学会誌の電子版に掲載された名古屋大大学院理学研究科の伊丹健一郎教授らの論文が一気に2本が取り下げられています。
化学論文、新たに2本取り下げ 名大の伊丹教授ら:時事ドットコム(2021年02月24日)によると、GNRの合成法に関する論文と、半導体製造時に用いる膜にGNRが有効活用できるとする論文。いずれも教授側が1月に撤回を申し入れていました。自ら撤回を申し入れたことは良いことではあるんですけどね。なかなかできない良い対応です。
別記事
名古屋大・伊丹教授らの研究チーム、また論文を撤回 米誌掲載:中日新聞Webによると、合成法に関する論文は、実験データの一部に再現性がなく誤ったデータも含まれていたことが撤回の理由だと説明されていました。もう一つの「有効活用できる」とする論文も実験データの一部に疑義があったとされています。
こちらの記事では、「名古屋大トランスフォーマティブ生命分子研究所の伊丹健一郎教授(合成化学)らの研究チームの論文」という書き方。SNSを見ていると、どうも筆頭著者は伊丹健一郎教授自身ではなく、別の人であった模様で、公式サイトなどではすでに痕跡を削除されたといいます。今回の不正が、この筆頭著者単独の問題なのか、チームとしての問題なのかは、今後の調査を待ちたいところです。
●無駄のない美しさに魅了された世界的研究者と紹介されていた教授
2021/03/17:不正に関係ない…というか、そもそも不正前の記事なのですが、伊丹健一郎教授について検索していたら、伊丹健一郎教授のインタビュー記事が出てきました。記事のタイトルは
無駄のない美しさに魅了——世界的な研究者が、科学者への道を決めた理由 | Business Insider Japan(2020.06.25 11:00)という輝かしいもの。ノーベル賞候補って言われそうな勢いですね。
記事では、名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)拠点長を務める伊丹健一郎教授を「ナノカーボン科学で世界的な業績を上げ続けている研究者」と紹介。2016年には世界の化学者が60年間誰も実現できなかった「カーボンナノベルト」の世界初の化学合成を達成したそうです。
日本では一生懸命勉強しなかったことをむしろ「学校では学べないことを学んだ」みたいに「いい話」のように扱うことがありますが、「大学時代は遊びに忙しすぎて、あまり勉強しなかった」という話もありました。「高校の化学の時間に、きれいな六角形をしたベンゼンに魅せられた」という話があったものの、情熱は続かなかったようです。また、記事タイトルの「無駄のない美しさに魅了」は、「美しいものには機能が宿る」を信念とし、シンプルで無駄がなく美しい形をした分子の合成にこだわり続けてきた…という説明から取られたもののようでした。
●「故意にやった」名古屋大元院生の論文に12件の捏造や改ざん
2022/01/26追記:名古屋大が、大学院博士課程に在籍していた元学生が執筆した学術論文に、実験データの捏造など12件の不正が見つかったと発表していました。研究内容や学部は不明ですので、グラフェンナノリボンに関する論文かどうかはわかりません。ただ、名古屋大学の不正ということで、とりあえず、こちらに追記しました。
名古屋大元院生の論文に不正 化合物実験データ捏造など12件:東京新聞 TOKYO Web(2022年1月24日 17時27分 (共同通信))によると、元学生は「理想のデータに近づけるため故意にやった」と認めているそうです。ここまで素直な言い方で不正を認めるのは珍しく驚いたのですが、そもそも自己申告で判明…という経緯だといいます。
不正は2020年11月、元学生の自己申告があり、調査を開始。化合物の実験結果を示す図表の加工に加え、分析データの数値の捏造や改ざんがあることを確認しました。学術誌に掲載された論文については、元学生が所属していた研究室が再実験を実施し、正しいデータに訂正。結論部分に影響はなかったとされています。
●名大「大学院生は最初から不正行為を繰り返していたとみられる」
2022/03/16追記:
名大研究所、論文に多数の捏造 元院生、データ使い回し 2022年3月16日 12時37分 (共同通信 東京新聞) という続報が来ていました。名古屋大が、トランスフォーマティブ生命分子研究所の伊丹健一郎教授の研究チームが発表した3本の論文に、元大学院生による多数の改ざんや捏造があったと明らかにしています。
15~19年度に伊丹教授の研究室に在籍していた元大学院生は、異なる物質のグラフに同じデータが使い回されるなどしていました。不正が見つかったのは元大学院生が関与した7本の論文のうち、2019~20年に英科学誌ネイチャーや米化学会誌に発表した3本だといいます。
一方で、元大学院生は、<15年ごろから不正行為を繰り返していたとみられる>とも書かれていました。つまり、研究室に在籍した当初から不正をしていたということなのですが、最初から不正をしていたなら、終盤以外の論文でも不正が見つかっていて良さそうなもの。ここの説明は謎でした。
あまり考えられない気がしますが、4年目までは1年目からの不正を使った論文を一切発表していなくて、5年目になって初めて…ってことですかね。ちなみに大学院では、修士課程・博士前期課程が2年、博士後期課程・後期3年博士課程が3年が一般的です。ただ、まとめて5年ということもあり、そういうパターンかもしれません。
●捏造・改ざんの不正はなんと54カ所!元大学院生は不正を認めず
2022/03/23追記:前回追記した後にもっと詳しい記事がいくつか出ていたので補足。
論文不正を名大が認定 3本で捏造、指導教授ら処分検討:中日新聞Web(2022年3月16日 16時00分 (3月17日 17時40分更新))によると、不正が認定された3論文はいずれも撤回済みでした。前回明記なかったものの、当然「グラフェンナノリボン」に関する論文です。
調査の結果、1つのデータを使って、複数のデータがあるように装うなどの不正が判明。図の中にあるパネルで不正が認められた箇所はなんと計54カ所に上るといいます。元院生が行った実験ノートがなくなっており、委員会は「隠蔽」の可能性を指摘。後述の朝日新聞によると、実験ノートやデータなどは提示されていないそうです。
名古屋大学は、論文の責任著者で研究を指導した伊丹教授と、伊藤英人准教授の懲戒処分を検討。不正に直接関与した元大学院生は、博士号を取得して現在は在籍していないため、処分の対象にならないものの、博士論文を精査し、学位の取り消しを検討するといいます。学位取り消しは間違いないでしょうね。
私はてっきり元大学院生は不正を認めているのだと思っていましたが、
名古屋大が研究不正発表、捏造・改ざん54カ所 撤回済みの論文3本:朝日新聞デジタル(木村俊介 2022年3月16日 18時52分)によると、不正行為は認めていないとのことでびっくり。ただ、データで証明できない場合、不正認定は妥当だと思われます。
研究室では卒業時に実験の生データや試料のほか、実験ノートの実物か、ノートを電子化したデータを残すルールだったものの、元大学院生は残さず。データがない場合は自動的に不正というのは、文科省推奨の本来のルールで良い対応でした。ただ、卒業時に未確認だった研究室の方はやや問題があったかもしれません。
●世界初の単層グラフェンナノリボンを作製したのはどこの国?
2022/06/07追記:不正うんぬんではないですし、最近の話でもないのですが、「グラフェンナノリボン」に関するニュースを見かけたので紹介。
中国人科学者、世界初の単層グラフェンナノリボンを作製 | SciencePortal China(2019年03月28日)という海外の話であり、競争が激しかったことがうかがえます。
<天津大学への27日の取材によると、同校の封偉教授率いるチームは含フッ素ラジカル切断単層カーボンナノチューブを使い、世界で初めて単層グラフェンナノリボンを作り出した。国際特許も出願済みで、近日中に取得する見通しだ。これは中国人科学者が初めてワンステップで作った単層グラフェンナノリボンであり、一次電池正極材料としてのエネルギー密度は輸入品を30%上回る。科技日報が伝えた>
記事では、エネルギー密度が最も高い一次電池固体正極材料として、フッ素化カーボン材料の重要性を強調。西側諸国が技術を隠しているとも主張しています。一方で、この西側諸国の技術にも、「高エネルギー密度」「高出力密度」を同時に実現できない課題があり、中国はその克服を目指しているようでした。
<チームは既存のグラフェン六員環構造に基づく共有性フッ素化カーボン構造を覆し、世界に先駆け高電圧・高容量を兼ね備える構造型フッ素化カーボン材料を開発した。実験室での測定によると、この新材料のエネルギー密度は2738Wh/kgに達し、海外同類製品を30%上回り、世界トップ水準に達した>
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