「2%インフレ目標未達」の批判は誤解で的外れ|高橋洋一の俗論を撃つ!|ダイヤモンド・オンライン 高橋洋一 [嘉悦大学教授] 【第115回】 2015年3月19日
黒田東彦総裁の記者会見では、面白い光景もあった。質問したのは、元日経記者の土屋氏。2%インフレ目標の達成を2年程度と言っておきながら、3年というのは日本語でない、岩田副総裁は目標達成できない場合に辞任すると言ったがどうなのか、などと質問していた。ただし、黒田総裁が答えているときに、被って質問したりと直情的な口調で冷静さを欠いていたので、黒田総裁は軽くいなしていた。
この記者は、かつて証券会社の損失補填事件で名をはせたが、経済記者というより事件ものの「社会部」系ではないか。個別事件と同じノリで、目標達成ができないことから辞任を迫るという論法であったが、もう少しインフレ目標の経済学を勉強したほうがいいだろう。
いずれにしても、2%インフレ目標をどう考えるべきか。
インフレ目標はガチガチのルールではない。バーナンキの言を借りれば、市場とのコミュニケーションツールである。ガチガチのルールではないが、それが達成できない場合には、説明責任を果たさなければいけない。だから、目標達成ができない場合には、即辞任というのは、社会部系新聞記者の短絡思考である。実際、岩田副総裁も説明責任をまず果たすと言うのであるから、辞任という話にはならない。
目標達成のコミットメントで評価する 日総裁、副総裁候補3人の評点 2013年3月7日 高橋洋一 [嘉悦大学教授]
経営のトップなら、仕事に失敗したら辞めるというのは、よほどの覚悟であることに同意するだろう。雇われ日本人サラリーマンなら、絶対に考えられないので現実的でないと思うかもしれないが。
4、5日に行われた衆院議院運営委員会での日銀人事の所信聴取において、黒田東彦総裁候補、岩田規久男副総裁候補、中曽宏副総裁候補がそれぞれ所信を述べ質疑が行われた。
ポイントはインフレ目標2%の目標の達成期限と、目標を達成できない場合の責任の取り方だ。(中略)約束で期限を決めて、それが達成できない場合にはどのように責任を果たすかというのが、曖昧性を好む日本人気質の中で、理解しにくいのかもしれない。しかし、海外でインフレ目標という場合、コミットメントは自然である。
3人の所信聴取で、コミットメントについては、三者三様だった。一言で単純化して言えば、黒田氏は達成時期2年と区切ったが、達成できないときの責任に言及せず、岩田氏は、達成時期2年で達成できないときには辞任、中曽氏は、達成時期あいまいで達成できないときの責任への言及もなし。
まず、目標を達成できない時の責任の取り方では、岩田氏は歯切れがいいが、黒田氏と中曽氏は官僚の側面が出てしまった。官僚は、組織で当職や再就職ポストを用意してくれるために、自らの都合・勝手で辞めることが許されない。そのため、辞めるかと官僚に聞くと、必ず曖昧な返事になるのだ。
2%インフレ目標がすぐには達成できないのは明らかである。その理由として、黒田総裁は、物価上昇の基調は変わりないものの、原油価格下落で当面のインフレ率が伸び悩むと説明していた。
消費増税の影響は大きかったと言わざるを得ない。もし消費増税が行われなかったら、2%インフレ目標は2015年度の早い段階で確実に達成できただろう。
なお、インフレ目標はエネルギーの影響を除くコアコア指数に切り替えるべき、あるいは2年で2%という目標自体を修正(あるいは撤回)すべきという意見もある。
これに対しては、インフレ目標はガチガチのルールではなくインフレ率全体の方向性を示すとともに市場とのコミュニケーションツールであるという言葉を再度挙げておこう。
インフレ目標は世界各国で採用されているが、ほとんどはすべての商品を含む総合指数を目標としている。部分的な指数にして目標クリアというのは安直な方法だ。目標達成できない場合、説明責任を果たすことをまず行うべきであって、経済がいい方向であれば、目標の厳密な達成に過度に拘るべきでない。
かつて筆者が、キング・イングランド銀行総裁を訪問したときがあった。その時、たまたまインフレ目標2%にドンピシャだったので、キング総裁から非常に珍しい日に訪問してくれたとジョークを言われた。インフレ目標ではプラスマイナス1%が許容範囲と言われている。先進国のこれまでの実績では、その許容範囲に7割程度収まっており、これを外した場合には説明責任が発生するという程度の「ルール」である。
マスコミはインフレ目標を正確に理解していないので、ピシャリ2%だと思い込んでいる人が多い。もともと、「2015年4月~2016年3月という1年間で消費者物価総合指数対前年同月比1~3%」というのがインフレ目標であるが、「2015年4月で消費者物価総合指数対前年同月比2%」と思い込んでいる人が多い。
2%インフレ目標の目標数字や達成時期を変更すべきというのは、インフレ目標をガチガチのルールと誤解している。もともとガチガチのルールではない。まして、目標達成できない場合には辞任というのは、完全に社会部記者のノリで論外だ。
黒田日銀総裁:2年は「意図」、「時刻表みたいにいかない」と副総裁 - Bloomberg 2014/10/29 00:01 JST
10月29日(ブルームバーグ):日本銀行が半年に1度行う金融政策運営の概要説明に伴う国会答弁。昨年4月の量的・質的金融緩和の導入時に2%物価目標を「2年」で達成すると宣言したことについて、黒田東彦総裁は「意図」であると説明。岩田規久男副総裁も「電車の時刻表のようにはできない」と述べた。
28日の参院財政金融委員会で質問に立ったのは民主党の大久保勉議員。黒田総裁に対し、「マネタリーベースを2倍にし、2年で2%の物価目標を達成すると明言したが、政策目標は変わったのか」と質問。
黒田総裁は「意図として、2年程度の期間を念頭に置いてできるだけ早期に実現すべく量的・質的金融緩和を導入した」と説明。2年で達成すると表明したことについて公約や目標、あるいは決意表明という表現ではなく、「意図」という言葉で説明した。
さらに、「量的・質的金融緩和自体において何かあらかじめ決まった期限があるわけではない。ただ、意図として、まさに2年程度の期間を念頭に置いてできるだけ早期に実現するために量的・質的金融緩和を導入した」と述べ、「意図」という表現を繰り返した。
岩田副総裁も「人間の行動に働きかけるのが金融政策なので、電車の時刻表のようにきちんとはどうしてもできない。不確実性は大きいものがある」と述べた。(中略)
大久保氏は、岩田副総裁に対し、就任前の昨年3月5日、国会での所信聴取で、2年以内に2%の物価目標が達成できなければ、「最高の責任の取り方は辞職することだ」と述べたことについて、今も変わりはないかと質問した。
岩田副総裁は「2年経って2%の物価目標を達成できなかった場合は、自動的に辞めると理解されてしまったことを今、深く反省している」と言明。「仮に2年程度経って2%物価上昇が達成できない場合、まず果たすべきは説明責任だ。そうした事態に至った経緯も含めて、しっかり説明していくなど真摯(しんし)に対応することが必要だ」と述べた。
その上で、「仮に説明責任を果たせない、誰も納得できないという説明であるということであれば、その時の最高の責任の取り方は辞職することであるという考えは今でも変わっていない」と語った。
第183回国会 議院運営委員会 第12号(平成25年3月5日(火曜日))
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/002018320130305012.htm○津村委員 二%ということを先ほどおっしゃられていましたが、岩田さんは、全責任を負う、マンデートだ、それを市場が信頼するからこそインフレ期待が上がるんだ、それについては現行の日銀法では不十分ということをおっしゃいましたが、これから中央銀行のトップ、副総裁につかれるとなれば、運用で、自分はこうやるんだ、全責任を負うんだということを明確にされることで、ある意味では、岩田さんのおっしゃる今の法の不備といいますか、そこを補っていかれるということだと思います。
そこで、お伺いしたいんです。
一つは、二年とおっしゃるのは、この就任の三月から二年後、つまり再来年の春ということでよろしいかというのが一点。
それから、もう一つは、全責任を負って市場の信頼をかち取るということですから、それが達成できなかった場合の責任の所在ということははっきりとさせていかなければいけないと思いますが、それは、職を賭すということですか。○岩田参考人 それは当然、就任して最初からの二年でございますが、それを達成できないというのは、やはり責任が自分たちにあるというふうに思いますので、その責任のとり方、一番どれがいいのかはちょっとわかりませんけれども、やはり、最高の責任のとり方は、辞職するということだというふうに認識はしております。○津村委員 二年間というのは、二年後の春、つまり、二〇一五年の春の消費者物価の上昇率二%ということを目標とされる、そして、最高の責任のとり方としては、職をかけるということでよろしいですね。○岩田参考人 それで結構でございます。
「言い訳しない」と語っていた日銀・黒田氏と岩田氏の言い訳│NEWSポストセブン 2015.03.06 16:00 ※週刊ポスト2015年3月13日号
最初に黒田日銀の招いた「結果」をはっきりさせておこう。12月の消費者物価指数(生鮮食品を除く)は、消費増税の影響を差し引けば前年同月比で0.5%の上昇。前月比で見ればマイナス0.5%と、明らかにデフレに逆戻りしている。
日銀が2013年春から目標としてきた「2年程度で2%」のインフレ目標にはほど遠く、達成不可能は間違いない。(中略)
もともと日銀の金融緩和は、国民生活を犠牲にしてでも名目上の物価上昇を追い求めたものだったが、そこまでしたのに彼ら自身が約束していた「2年程度で2%」というインフレ目標が失敗に終わったのだから、責任を取るべきなのは当然だ。特に岩田規久男・副総裁は2年前の会見で、目標が達成できなかった場合には辞任すると明言していた。
2月上旬の会見ではその点を記者から聞かれ、黒田総裁は珍しく気色ばんだ。
「(2%の目標を達成する時期は)『2015年度を中心とする期間』という言い方をしていた」
岩田副総裁は辞任を否定したうえで、「これほどの原油価格の急落は予想できなかった」と弁明した。
しかし、だ。2013年3月の就任会見議事録を見ると、「2年程度で2%」とはっきり発言しており、「2015年度を中心とする期間」という言葉は出てこない。いつの間にか期限をすり替えている。なぜか大新聞は報じないが、2年前の会見ではこんな言い方もしていた。
黒田総裁「デフレには円高や石油価格の下落などいろいろな要素による影響があった。(中略)だが、中央銀行としては『いろいろな原因でデフレになっています』といっても責任を阻却することができない」
岩田副総裁「(目標が)達成できなかった時に『自分たちのせいではない。他の要因によるものだ』と、あまり言い訳をしない」
2013年3月7日 高橋洋一 [嘉悦大学教授]
目標達成のコミットメントで評価する 日総裁、副総裁候補3人の評点
経営のトップなら、仕事に失敗したら辞めるというのは、よほどの覚悟であることに同意するだろう。雇われ日本人サラリーマンなら、絶対に考えられないので現実的でないと思うかもしれないが。
4、5日に行われた衆院議院運営委員会での日銀人事の所信聴取において、黒田東彦総裁候補、岩田規久男副総裁候補、中曽宏副総裁候補がそれぞれ所信を述べ質疑が行われた。
ポイントはインフレ目標2%の目標の達成期限と、目標を達成できない場合の責任の取り方だ。インフレ目標では、コミットメントという言い方がしばしばなされる。このコミットメントの如何によって政策効果が異なるという意見まである。
コミットメントはなかなか日本語に訳しにくい。責任を伴う約束というところだ。日本語で責任や約束では不十分なので、そのままカタカナにしている場合が多い。約束で期限を決めて、それが達成できない場合にはどのように責任を果たすかというのが、曖昧性を好む日本人気質の中で、理解しにくいのかもしれない。しかし、海外でインフレ目標という場合、コミットメントは自然である。
3人の所信聴取で、コミットメントについては、三者三様だった。一言で単純化して言えば、黒田氏は達成時期2年と区切ったが、達成できないときの責任に言及せず、岩田氏は、達成時期2年で達成できないときには辞任、中曽氏は、達成時期あいまいで達成できないときの責任への言及もなし。
まず、目標を達成できない時の責任の取り方では、岩田氏は歯切れがいいが、黒田氏と中曽氏は官僚の側面が出てしまった。官僚は、組織で当職や再就職ポストを用意してくれるために、自らの都合・勝手で辞めることが許されない。そのため、辞めるかと官僚に聞くと、必ず曖昧な返事になるのだ。
http://diamond.jp/articles/-/32951
インフレ目標2%の目標の達成期限と目標を達成できない場合の責任の取り方は、その人物の覚悟のほどを見るにも良いが、日銀の過去の政策をどのように見ているかもわかる。
達成期限を2年と区切る黒田氏と岩田氏、曖昧な中曽氏と分かれたが、これは過去の政策について、前者は否定的、後者は肯定的であることを意味している。
まして、年数を区切れないのは、保身でかつ経済メカニズムがわかっていないとしかいいようがない。
インフレ目標政策は万能特効薬か?
ニュージーランド、カナダ、英国、スウェーデンの経験
上田 晃三 2013年4月5日(金)
インフレ目標政策を比較的早い段階から導入している主要4カ国(ニュージーランド、カナダ、英国、スウェーデン)の例をとって、主にその導入からリーマン・ショックまでの約20年の歴史を振り返り、その政策運営の変貌を概観する(図表1)。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20130329/245839/?mlp
ニュージーランド、カナダ、英国、スウェーデンの4カ国は、1980年代、慢性的な高インフレ・高金利に苦しんでいた。86~90年のインフレ率(前年比)は、ニュージーランドでは9.5%に達していたほか、他の3カ国でも4.5~6.2%であった(図表2)。86~90年の長期金利(10年物)は、4カ国とも10%以上であった。
【図表2】4カ国におけるCPI総合インフレ率(%)
ニュージーランド カナダ 英国 スウェーデン
1986~90年 9.5 4.5 6.1 6.2
1991~95年 2.1 2.3 3.8 4.2
1996~00年 1.5 1.7 1.6 0.5
2001~07年 2.6 2.3 1.7 1.6
インフレ目標政策の枠組みに対する信認が確立されてきたことによって、4中銀は徐々に、足許のインフレ率が目標から乖離するようなことはあっても、足許より中期的な物価を重視し、実体経済など物価以外の動向にも明示的に配慮する姿勢を鮮明にするようになった。
例えば、ニュージーランド準備銀行のシャービン副総裁(当時)は1999年、「今日、インフレ期待は物価安定の目標と整合的な水準により、良くかじ取りされているので、インフレ率を短期的に目標範囲の端や外にもたらすような出来事に対して、積極的に反応する必要性が薄れている」と論じている 。スウェーデン中銀のバックストローム総裁も同年、「(目標にすぐに戻そうとすると実体経済に大きなコストをもたらす)場合には、物価安定の達成期間に目をつむり、インフレ率が目標に向かって緩やかに戻るようにする根拠があるかもしれない」と論じている 。足元のインフレ率が目標範囲の上限を大きく上回り、景気が悪化していた2001年3月にニュージーランド中銀が決定した利下げは、中期的な物価と実体経済の安定を目指した政策の具体例と考えられる。
2000年代に入ると、一般物価が安定する中で住宅価格などの資産価格が大きく変動した。そのため4中銀は、資産価格が物価や実体経済に与える影響にも配慮することが長期的な物価と実体経済の安定につながるとし、物価安定の達成期間を長めにすることが必要であるとの姿勢を示すようになった。2006年1月、スウェーデン中銀は利上げを実施したが、4月にイングベス総裁(当時)は「今年初めの金利決定の背景には、(住宅に関わる)リスクが、利上げを数カ月遅らせないことの理由の1つとして考えられたことがある」と言及している。5月には金融政策ストラテジーが発表され、資産価格や他の金融変数を考慮に入れると明記された。
ディスインフレが進み、インフレ期待や長期金利が低位に安定するようになったことについては、インフレ目標政策の導入によってインフレ率が低下した、つまりインフレ目標政策が成功した、と解釈できそうである。インフレ目標政策導入直後、4中銀が物価安定に向けて厳格な政策運営を試みてきたことが、景気悪化という代償を払いつつも、インフレ目標政策の枠組みに対する信認の確立に寄与した可能性がある 。
しかし、この解釈には有力な反論がある。なぜならインフレ目標政策の導入がインフレ率を低下させたのか、それとも高いインフレ率がインフレ目標政策の導入を招いたのかを、データから統計的に識別するのは難しいからである。(中略)
インフレ目標政策以外にも、インフレ率低下の達成には以下の要因が寄与したとみられる。
以上みてきたように、ニュージーランド、カナダ、英国、スウェーデンの中銀は、試行錯誤を繰り返しながらインフレ期待を安定化させ、インフレ目標政策への信認を獲得してきた。すなわち、4中銀はインフレ目標政策導入当初、インフレ期待の安定を重視する観点から、足元の物価安定に向けて厳格な運営を試みていた。だがその後にインフレ率が低下すると、徐々に、中期的な物価と実体経済の安定を目指す運営に変貌していった。結局のところ、インフレ目標政策を採用していない主要国の政策運営方法と収斂してきたといえる。
「最近の金融危機はインフレ目標政策に深刻な疑問を投げかけた」。イングランド銀行のキング総裁は、2012年、スピーチでこう述べた。また、リーマン・ショックは「短期的にインフレ目標政策を達成することと、長期的に金融危機のリスクを軽減することの間にはトレードオフがあることを意識させた」とも語っている。
黒田流緩和、「私ならそうしない」 米第一人者の懸念 米州総局編集委員 西村博之
2013/4/28 6:00 日経新聞
新・日銀の異次元緩和は市場のみでなく、専門家らの意表も突いた。政策転換に期待を示す声が多い一方、手段には首をかしげる人々も少なくない。今、米連邦準備理事会(FRB)をはじめ、世界の中央銀行に最も大きな影響力をもつとされる米学者もその1人。評価を聞くと「私ならそうはしない」との発言も飛び出した。金融政策の最先端の論理からみた第一人者の懸念とは――。
米コロンビア大のマイケル・ウッドフォード教授。研究や論評が金融政策に集中するので、森羅万象を語る多くの米経済学者のようにお茶の間で話題になるタイプではない。だが「ウッドフォードが口を開けば中銀が耳をそばだてる」と言われる、その道の第一人者だ。
http://www.nikkei.com/markets/column/ws.aspx?g=DGXNMSGN27016_27042013000000
――2年で物価上昇率を2%に高めるとの日銀の目標は達成できるでしょうか。
「私なら、そういう言い方はしなかった。助言するとすれば、何を目指しているかを示したとしても、特定の期日は口にしないことだ。期日を限れば簡単に約束をやぶることになり、自分の責任ではない問題で批判されることになるからだ」
「物価上昇率自体は2%に引き上げる必要があるし、そこに達するまで金融を引き締めないと約束したことも望ましい。むしろ、もっと早く約束すべきだった」
「ただ物価上昇率を短期間に高めるのはいつも難しい。だから、どの中央銀行も期日を示すのは避ける。今は平時と違って政策金利がほぼゼロに張り付いているから物価を押し上げるのはなおさら難しい。こうしたなかで特定の期日を示すのは賢くない」
つまり、中央銀行が頑張っても物価の押し上げは容易ではなく、不用意に時期を約束すれば、実現しなかったときに不要な混乱が生じ、政策の不確実性を高めるというわけだ。金融政策における市場や企業、国民の「期待」を重視する立場ゆえに、目標が未達となって日銀が信頼を損なえば、それが政策の効果をそぎ、長い目でみた日銀の神通力にも悪影響が及ぶとの危険を見越しているようだ。
ウッドフォード教授は、FRBに対しても政策の期限を固定することを避けるよう主張し、実現させている。昨年12月まで、FRBは事実上のゼロ金利の継続について「15年半ばまで」というふうに、期限を示していた。だが、期限までに何が起こるかは分からず、経済環境も変わる可能性もあるため要らぬ混乱を招きかねないと主張。利上げのタイミングについては、特定の時期を明示する代わりに経済条件を目安にすべきだと訴えた。この考えはFRB内でも支持を得て、「失業率が6.5%程度になるまで」との目標が生まれた。日銀に対するウッドフォード教授の“注文”も、同一線上にあるといえる。
「今の物価上昇率はマイナスなので、2%の目標までは先が長いが、日銀はそう強力な手段をもっているわけではない。心配なのは、『物価上昇率を2%に引き上げると言ったのに実現していない』との批判が湧き起こるまでどの程度の時間があるか。1年後や1年半後に物価上昇率が2%どころか1%にも達していなければどうなるだろう? それが問題だ」
特定の時期を定めた政策運営から決別することが、理論面でも実務面でも最先端の潮流――。そう信じていた米国の専門家らには、逆行する政策をあえてとった日銀への違和感が強いようだ。
期限の2年が迫り、2%の目標が達成できなかった場合のリスク・コントロール(危機管理)がいずれ重要な焦点に浮上することは、日銀などの関係者も意識している。ある当局関係者は「仮に期限内に目標が達成できなくても、日本の世論はそう批判的にならないのでは」と期待を示す。麻生太郎財務相は最近の米紙の取材で「目標の実現には日銀の予想より長くかかる可能性がある」と予防線を張った。ただ目標が守れないことを強調しすぎると、せっかく高まった緩和策への期待に冷水を浴びせることになるだけに、バランスは難しい。
物価目標と並ぶ異次元緩和のもう一つの柱となった「マネタリーベース(資金供給量)を2年で倍増させる」との目標。こちらの評価はどうか。ウッドフォード教授に問うと「それも、私だったらやらない」との答えだった。
――何が問題なのか。
「まず(物価上昇率とマネタリーベースの)2つの目標の存在は混乱を招く。それに大きな効果を生まなかった過去の量的緩和の手段と極めて似ている。量的緩和が目標にしたのは当座預金の残高でマネタリーベースとは違うが、両者の動きは密接に関係している。有効でなかった目標をなぜ再び持ち出したのか」
日銀は06年までの量的緩和政策について、「金融システムの安定には寄与したが、経済の押し上げ効果はごく限られた」と総括。米国でも、そう評価する専門家は少なくない。FRBが、いわゆる「量的緩和(QE1~3)」を正式にはこの名で呼ばず、「資産買い取り(asset purchase)」と称したのも、それが一因だった。
このため今回の政策転換を巡っては「米当局や専門家の間に、日銀は裏切るのか、という雰囲気がある」(日本の政策関係者)。
では、過去の日銀の量的緩和と、米国が行っている「資産買い取り」は、具体的に何が違うのか。大きいのは、前者が比較的安全な国債の購入と引き換えに市場に供給するマネーの「量」を追及したのに対し、後者は「何を買うか」を重視する点だ。米国債を買う場合も、償還までの期間が長い銘柄を購入し、住宅ローン担保証券などリスクの高い民間資産も買って、金利の低下が金融市場全般に広く行き渡るよう目配りしている。
この点、今回の日銀の異次元緩和は両方の要素を兼ねた“合成型”の緩和策といえる。期間の長い国債や不動産投資信託(REIT)、株価指数連動型上場投資信託(ETF)など買い入れる資産の「質」を重視しつつ、マネタリーベースの倍増も打ち出し「量」も追及する。日銀が自身の政策を正式には「量的・質的金融緩和(QQE)」と呼ぶ理由はここにある。
「過去の量的緩和とは違う」と強調したい日銀の思いは、前回とは違うマネタリーベースという指標を持ち出した点にも表れる。06年までの量的緩和の目安は、民間銀行などが日銀に置いているお金の量を示す「当座預金の残高」。基本的に日銀が民間銀行などから買い取る国債の量と連動する数字だ。
一方、今回のQQEで目安としたマネタリーベースは当座預金と市中に出回っている現金を合わせた、まさに資金供給の総量。日銀が市場から資産を買い取れば、それが国債だろうと、その他の民間の資産だろうと数字は膨らむ。外からは分かりにくい細部に、「単に量を追及しているだけではない」との主張が込められている。
もっとも「2倍」という数字にどれだけ意味があるかは評価が分かれる。日銀は、マクロ経済モデルをもとに2%の物価上昇に必要な資金供給量を計算したとされるが、マネーの量と物価との関係は実は明確でないと米の専門家らは指摘する。
ブラインダー教授も、「物価目標の達成には50%のマネタリーベース拡大で十分かもしれないし、2倍でも不十分かもしれない」と指摘。FRBや欧州中央銀行(ECB)のように、目標実現へ「あらゆる手段をとる」とだけ述べて柔軟性を保つのが賢明だったと話す。
積極緩和を主張するウッドフォード教授も、FRBが事実上のゼロ金利の継続を確約することの大切さを説く一方で、バランスシートをむやみに拡大しても無意味と強調し続けてきた。日銀の資金供給量の目標に否定的なのは、そうした背景もある。
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