まずは失われた20年も失われた10年という語の説明から。「わかっている」って方は、さらっと飛ばしてくださって結構です。
●失われた10年とは?
Wikipediaによれば、「失われた10年」はメキシコでの用法が最初。それ以外にも各国で言われています。日本の場合には、"「失われた10年」とは安定成長期終焉後の1990年代前半から2000年代前半にわたる経済低迷の期間を指す語"です。
失われた10年 - Wikipedia
経緯
日本銀行による急速な金融引き締め(総量規制)を端緒とした信用収縮と、在庫調整の重なったバブル崩壊後の急速な景気後退に、財務当局の失政、円高、世界的な景況悪化などの複合的な要因が次々に加わり不況が長期化した。銀行・証券会社などの大手金融機関の破綻が金融不安をひきおこすなど、日本の経済に大打撃を与えた。これにより、1973年12月から続いていた安定成長期は17年3ヶ月間で終わった。
多数の企業倒産や、従業員の解雇(リストラ)、金融機関を筆頭とした企業の統廃合などが相次いだ。この10年で本来通り成長していれば、100兆円得られたという試算もある。
ただ、この「失われた10年」でも成長が見られた時期があります。
1993年末頃から1997年前半頃まで、カンフル剤注入政策(景気回復政策)によるカンフル景気または、さざ波景気(景気拡張期)、その後のアジア金融危機不況(景気後退期)、1999年初頭から2000年春頃にかけてのITバブル景気(景気拡張期)と、その後のITバブル崩壊不況(景気後退期)で景気の波はあった。
●失われた20年とは?
失われた20年も同じページで大体の内容がわかります。「失われた10年」と言う場合は、以下のように10年で低迷が終わったと見る場合です。
"1991年3月から始まった「失われた10年」は、バブル崩壊(平成不況)に始まり、小泉構造改革によって2002年1月を底とした外需先導での景気回復により終結した"
ところが、"その後の景気回復は、6年1ヶ月の長期間であったため、「いざなみ景気」と呼ばれたが、低成長にとどまり、実感がなく、しかも一部地域を除いて本格的な好景気に至"りませんでした。そのため、"「だらだら陽炎景気」とも呼ばれた"他、「無実感景気」「格差型景気」「リストラ景気」など不名誉な呼ばれ方をしているようです。
さらに"その後はサブプライムローンをきっかけに大不況(世界金融危機不況、世界同時不況)に陥"いります。"このことから、いざなみ景気の期間も含めたバブル崩壊から約20年以上を不況として扱われることから、失われた20年とも呼ばれ"ています。
●景気低迷の原因は?
原因はいろいろと言われています。Wikipediaは正解を決める場ではありませんので、以下のように列記していました。さらっと読み飛ばすくらいでどうぞ。
1992年から2002年までの長期停滞の原因について、研究機関や学者などが多くの研究成果を発表している。停滞の具体的な要因として、主に3つの要因仮説が挙げられている。
・構造要因
・企業投資の歴史的な停滞
・不良債権の先送り
・資産価格の著しい低下(資産デフレ)による、バランスシートの悪化
・大手金融機関(山一證券、三洋証券、北海道拓殖銀行、日本長期信用銀行、日本債券信用銀行など)の経営の失敗
・マクロ経済政策の失敗
・日本銀行の金融緩和の不徹底や物価動向に逆行する金融政策の実施(速水優総裁の主導によるデフレーション下のゼロ金利政策解除等)
・財務当局の失政(1989年の消費税の導入や景気が回復基調に転じた時点での消費税率引き上げや社会保険の給付引き締め)
経済学者の斉藤誠は、日本経済の長期低迷をもたらした主因は、資源価格の上昇と輸出産業の競争力の衰退による交易条件の悪化だとしている。
経済学者の原田泰は「『失われた10年』は、労働投入・資本投入の低下によって引き起こされた」と指摘している。原田は「TFP(全要素生産性)の変動については原因は解らないが、労働投入の変動(減少)については実質賃金の上昇という原因が解っている」と指摘している。
その他には以下の要因仮説が挙げられている。
・企業の債務返済による財政支出の乗数効果低下
・世界において相次いだ経済危機の余波(1992年のポンド危機、1994-1995年のメキシコ危機、1997年 のアジア通貨危機)
●「失われた20年」は嘘、GDP成長率は欧米と大差ない
…といった感じで、日本には「失われた20年」もしくは「失われた10年」があったと一般的には理解されています。しかし、それを否定する説もあります。たとえば、以下のような見方です。
データが語る「失われなかった20年」スイスの研究者が覆す、日本の“常識” | スイスの視点で日本のいまを読み解く|DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー 2015年03月30日 琴坂 将広,ステファニア・ロッタンティ・フォン・マンダッハ,ゲオルグ・ブリント
ブリント(引用者注:スイスのチューリッヒ大学のゲオルグ・ブリント博士) 長期GDP成長率に注目した結果、実はあまり注目されていない事実に気がつきました。それは、過去20年間、欧州の先進国も日本と同様の低成長率を記録しているという事実です。しかし、誰も西洋の先進国の低成長に対して「失われた20年」などと呼んでいませんよね。
琴坂(引用者注:琴坂将広 立命館大学経営学部 国際経営学科 准教授) なるほど。日本の過去20年のGDP成長率が、欧米諸国に比較すればそこまで低くないというのは重要なポイントですね。
●「失われた20年」という間違いは二つの不適切な比較のせい
では、なぜ「失われた20年」といった見方がされるようになったのでしょう? ブリント博士は理由を二つ挙げていました。まず、バブルの時期との比較です。
「1つ目は、バブル崩壊以前の日本との比較です。戦後の日本は、荒廃した産業を急速に立て直し、さらに驚異的速度の経済成長でアメリカを初めとする西洋経済圏に追いつきました。その時期と比較すれば、確かに過去20年の経済成長の停滞は著しい成長の継続を予想していた人々にとっては期待はずれだったでしょう。しかし、他国に追いつくまでの経済成長の速度と、追いついた後の経済成長の速度を直接比較するのは適切とは思えません」
もう一つは中国との比較です。ただ、中国と比べてはいけない…という指摘は、頭に来る方が多いかもしれません。
「2つ目として、これは頻繁に言及されますが、巨大な隣国、つまり中国との比較が挙げられます。しかし、国際貿易構造や一人あたりのGDPを見れば明らかなように、中国は、今現在でも急成長中の新興市場というポジションから抜け出しつつある状況に過ぎません。成熟した現代の日本の経済成長速度との比較が適当とは言えないと考えています」
●アメリカと比較することも不適切
ブリント博士は、"日本の場合、特に経済面ではアメリカと比べる傾向が強く見られ"るとしていました。しかし、中国同様こちらも否定しています。しかも、「アメリカは最も不適切な比較対象」とまで言っていますから、かなり強い否定です。
「アメリカは極めて自由主義的で、市場志向の強い経済が特徴です。尚且つこの20年間の成長の大部分は移民による人口増加がその要因なのです」
では、適切なのはどの国との比較か?と言うと、ドイツでした。
「私は、ドイツに目を向けることを勧めます。ドイツは、日本と似た多くの特徴を持つ国と言えるからです。適度な自由主義経済で、近隣国に低コストのアウトソーシングが可能な環境であり、この15年間、移民の動きはあまりありませんでした。さらにこの20年間のドイツの平均GDP成長率は、日本のそれと極めて似ていることは注目すべき点です」
●非正規雇用の比率が増加しているのは、正規雇用の数が減っているからではない
あと、少し違う視点で、非正規雇用の話もありました。
同じ大学のステファニア・ロッタンティ博士によると、この20年間、"非正規雇用の総計数が増加しているだけではなく、わずかな増加ではありますが、正規雇用の数も同様に増えている"としていました。
具体的には以下の通りです。
雇用者の種類 1988年 → 2010年 (単位:百万人)
正規雇用 36.0 → 36.1
非正規雇用 7.2 → 15.6
ブリント これには大変驚かされました。日本では1995年以降、15~64歳の人口が縮小し続けているので、就業ポスト数も当然減少していると予想していたからです。ところが、実際には正規雇用の数は減少していません。これは日本企業が正規雇用を「失われた20年」の間に増やし続けてきたということです。
ロッタンティ さらに日本の企業は、この間非正規の社員を大幅に増やしました。約10万人の正規雇用と840万人の非正規雇用が新たに生まれたのです。
琴坂 つまり、非正規雇用の比率が増加しているのは、正規雇用の数が減っているからではなく、非正規の雇用が大量に生まれたからということですね。しかし日本では、業務のアウトソーシングや産業構造改革の進行により、正規雇用が非正規雇用に取って代わられたという理解の方が一般的かと思いますが、その点はいかがでしょうか。
ロッタンティ そういった事例はもちろん存在すると思います。もちろんこの数字は非正規雇用へのシフトを否定するものではありません。事実、いくつかの産業では、正規雇用から非正規雇用へのシフトがより顕著に現れているという研究結果もあります。
ブリント しかし、この数字が示すように、日本経済全体で捉えた場合、正規雇用が非正規雇用に取って代わられたというのは適切ではありません。
小さな視点で見た場合は正規雇用が非正規雇用に取って代わっているものの、大きな視点ではそうではないという話ですね。
●スイスでは正社員がいない?
なお、スイスでは正社員がいないそうです。
「スイス労働法は、イギリスと並んで欧州で最もリベラルな法律です。基本的には、全員が非正社員であり、その契約は特別な条件なしでいつでも終了できます。つまり正社員が存在しません」(ブリント博士)
ロッタンティ博士によれば、「失業率がわずか3%」「非正規雇用とはいえ、多くの人がかなり頻繁に職を変えていくような不安定な状況ではありません」と悪くないという説明。
ただ、以下のような大きな違いがあります。
「スイスと日本の重要な違いは、スイスではすべての雇用において、会社と労働者が社会保険料を分担する義務が生じるということかと思います。日本の場合、非正規雇用に対する会社と労働者の社会保険料の適用は、一定の要件を満たした場合に限られるため負担が低く、それが雇用者が非正規雇用を選ぶインセンティブにもなっているかもしれません」
●日本はアメリカより成長
上記では日本はアメリカと比較してはいけないとされていました。ただ、以前書いた
日本の失われた20年は嘘でアメリカより経済成長 英フォーブスが主張では、そのアメリカより成長しているという主張もありました。
ここでは、1991年から2012年にかけて米国の労働人口が23%増加したのに対し、日本ではわずか0.6%しか増加しなかったことを強調していました。一見悪い話に見えます。しかし、「労働者1人あたりで見ると、日本の生産量はかなり伸びた」といえるとしていました。やや強引ですかね?
また、「デフレ不況を脱さないと」も完全否定。むしろ「20年を振り返ると日本経済は物価が下落しているときのほうが、上昇しているときよりも好調だった」としていました。今の政権にはたいへん不利な見方ですし、リフレ派・インフレターゲット派も激怒する話です。
さらに1989年以降、主要先進国の中で経常黒字を拡大したのは日本とドイツだけで、米国、英国、フランス、イタリアの赤字は近年とみに拡大しているとしていました。
この他に、
日本の対外純資産23年連続世界一の意味 失われた20年はウソだった?というのもやっています。読売新聞の主張です。
ただ、この対外純資産を中心とした見方は全く納得できません。なぜかと言うと、対外純資産で見るとアメリカでは世界でも最悪レベルの貧しい国となるためです。それはあり得ない見方でしょう。
●日本とドイツの名目GDPの比較
その前の記事で言っていた日本とドイツのGDPについて、一応確かめておきましょう。Wikipediaでは、"1991年3月から始まった「失われた10年」"とありましたので、1991年と比較します。
【日本とドイツの名目GDPの比較】
1991年 → 2014年 (単位: 10億円)
日本 476,430.98 → 488,609.54 (+2.6%)
ドイツ 1,534.60 → 2,820.58 (+83.8%)
日本のGDPの推移 - 世界経済のネタ帳ドイツのGDPの推移 - 世界経済のネタ帳 あれ?比較にならないほど、日本が悪いんですけど…。グラフを見ても、ドイツは一直線で上がっているのに対し、日本は真横になっています。
慌てて読み直してみましたが、「この20年間のドイツの平均GDP成長率は、日本のそれと極めて似ていることは注目すべき点です」と書いていました。私が勘違いしたわけじゃありません。
●日本とドイツの実質GDPの比較
物価変動の影響を除いた実質GDPの話ですかね? つまり、デフレの影響を考慮したものということです。これなら日本も右肩上がりですので、似たようなものになる可能性があります。というか、最初からこっち見るべきでしたね。
【日本とドイツの実質GDPの比較】
1991年 → 2014年 (単位: 10億円)
日本 438,605.89 → 530,047.22 (+20.8%)
ドイツ 1,876.24 → 2,517.45 (+34.2%)
ダメだ、これでもだいぶ負けていますね。元は20年間の平均GDP成長率という主張ですので、平均にすると比較的近い数字に見えるのかもしれません。…と最初書いていましたけど、単純平均なら比はいっしょですね。日本が+1.6%、ドイツが+2.6%。同じくらいには見えません。(4/15訂正)
う~ん、なんか、最後の最後でズッコケたような話になってしまいました…。
(4/15追記:中国とアメリカはもっと伸びていて比較になりません。ですので、ドイツと比較する方が格段にマシとは言えます)
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