私の勉強不足ということもあると思いますが、よくわからない話です。
「2島返還も拒否」とロシア紙 強硬論で対日圧力 産経新聞 2010/11/15によると、ロシアの有力経済紙コメルサントが露消息筋の話として、「もはやロシアは日ソ共同宣言(1956年)に基づく形での領土交渉は行わない」との話を掲載したそうです。これは「2島返還も拒否」という意味をだそうです。
また、
北方領土「方針転換、2島返還交渉しない」ロシア紙報道 朝日新聞 2010年11月16によると、この消息筋はプーチン政権時代は日ソ共同宣言に基づいて平和条約締結後に2島を引き渡す用意があったが、今はロシアの立場は変わったとし、表向きは同宣言を拒否していなくても、もう協議する余地はないとしているようです。
さらに「日本側はこの問題をある種アニメ的に見ている。我々がまず2島を、さらに4島すべてを引き渡したいと考えたようだが、これらの島はロシア領というのが今の我々の立場だ」とも述べたらしいのです。
で、よくわからない点ですが、そもそも日本は二島返還論を中心に動いていたかと言うと、そこがまず疑問なのです。ちょっと調べたのですが、民主党の方針はよくわからなかったものの、おそらく四島返還論を想定しているのではないかと思います。この想定が正しければ、アニメ的云々は何を言ってるの?という話です。(鳩山由紀夫さんは二島返還論から四島返還論に転じたようです)
確実に二島返還に積極的だったのはあの忌み嫌われた鈴木宗男さんのときであり、彼の失脚時に二島返還論はボロクソに言われていたはずです。私はこの方針はある意味現実的であり、一考の余地があるのではないかと思っていましたが、”おそらくロシアは二島返還で終わらせて残りの二島を返さないつもりだから妥協してはいけない”ということで、日本では四島一括返還が今でも主流なんじゃないでしょうか?少なくとも、二島先行返還目指して皆が一致しているという話も、それが達成出来れば万々歳という世論も私は知りませんでした。(この二島返還論および次に出てくる3.5島返還論への批判は、WEB上でもたくさん見つかります)
ところで、プーチン政権の最後の年は2008年で、日本ですと麻生太郎政権のときにあたりますが、麻生太郎政権での北方領土の方針を調べてみると面積2等分論(3.5島返還論)のようです。これもまた現実的な解決策と思いますが、ロシアとの歩調は合っていません。
ロシア消息筋の話は具体的な時期に言及していないものの、日本側の方針との一致を考えると、おそらく「2島を引き渡す用意があった」というのは鈴木宗男さんのときの話で、あれが結局お流れになったということじゃないかと思います。
ということで、ロシアの経済紙コメルサントは今回の日露首脳会談と絡ませて書いているようですが、消息筋はわざわざプーチン政権と断っていますし、直接的な関係性は低いような気がします。(ただ、その準備があるかどうかは別として、メドベージェフ現政権も引き続き二島返還方針を継承していたようです。まあ、後からなら何とでも言えるので、プーチン政権で本当に準備されていたかも不明ですが……)
この消息筋の話では既にプーチン政権において領土問題は終わっているような書き方ですが、日本側は二島返還から四島返還まで広く選択肢を持ったまま、諦めずに粘り強く交渉して欲しいと思います。
関連
■
その他の政治(2010年)について書いた記事 ■
小沢一郎前幹事長が普天間問題担当というのはアリじゃないか? ■
小沢一郎元幹事長はネットで人気? ■
官房機密費の使途 ■
ナベツネ(渡辺恒雄)と小沢一郎 ~マスコミ編~ ■
自民党ならこうした? 尖閣諸島中国漁船問題
Appendix
広告
【過去の人気投稿】厳選300投稿からランダム表示
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
|