<村上春樹にノーベル文学賞が無理な理由 ノーベル賞が嫌う通俗小説だから>という話の前に、以前書いていた<ノーベル賞日本人候補 文学賞・村上春樹、経済学賞・清滝信宏>の村上春樹さん部分の話をまとめました。
●ノーベル文学賞の最有力は村上春樹氏…といつも報道される
2013/10/9:ノーベル賞での日本の得意分野は、自然科学系である物理学、化学、医学・生理学の3分野です。政治的な主張が重要となりやすい文学賞や平和賞は日本人は苦手ですし、純粋なノーベル賞ではなくこれまた異論の多い経済学賞も日本には縁のない賞です。
しかし、一応有力と見られる人もいると言うか、文学賞の場合は毎年日本人作家が最有力と言われていますので取り上げておきます。ある記事によれば、"英国のブックメーカー(賭け屋)のラドブロークスによると、文学賞受賞者として最も人気が高いのが、村上春樹"さんだそうです。
<賭け率は3倍。2番人気は、米国の作家ジョイス・キャロル・オーツ氏で、6倍である(どちらも日本時間7日19時現在)。村上氏は、ポストモダン文学の旗手として有名で、作品は現在、数十の外国語に翻訳・出版されている。作品の評価は高く、日本国内外に熱心な支持者がいる>
http://newsphere.jp/national/20131007-5/●そもそも村上春樹氏は本当に有力なの?政治性が足りない
ただし、これを報じた記事は、<村上春樹には政治性が足りない? 海外メディアがノーベル文学賞とれない理由を分析>(NewSphere(ニュースフィア) 更新日:2013年10月7日)というタイトル。前年同様に最有力と言われながらまた逃す可能性も結構指摘されているのです。
<村上氏は、これまで何度も候補に挙がったが、受賞を逃してきた。2012年にも、最も有力な候補者と見られたが、受賞したのは中国の莫言氏であった。
ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、中央大学文学部の宇佐美毅教授による、過去の日本人文学賞受賞者(1968年受賞の川端康成氏や1994年受賞の大江健三郎氏)との比較を紹介している。
同教授は、例えば大江氏の作品では、社会の中で少数派の人々の葛藤や原子力問題など、政治的・社会的問題が扱われるのに比べ、村上氏の作品はあまりそういう要素がみられない、と指摘している。このため、同氏の作品は強力なテーマや目的が欠けているとみられており、それがノーベル賞をいまだに受賞できない理由のひとつだろう、とみているようだ>
なお、2013年に限って言うと、他の理由で違うという記事も出ていました。<ノーベル文学賞 村上春樹氏より北米作家有力!? ― スポニチ>[ 2013年10月5日 06:00 ] では、以下のように書いています。ただ、2013年は逃したとしてもおそらく毎年有力候補として上がり続けるでしょう。
<10日発表とみられる文学賞では村上春樹氏(64)がブックメーカーの予想で1位だが、昨年同じアジアから中国の莫言氏が受賞しているため、米国のジョイス・キャロル・オーツ氏(75)やカナダのアリス・マンロー氏(82)らも有力視されている>
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2013/10/05/kiji/K20131005006750780.html●ノーベル文学賞を取るには根回しが必要という意味でも難しい?
2015/10/7:以前読んだものでは、そもそも村上春樹さんの小説は内容的にふさわしくない、商業的には良くても文学的には稚拙という意見がありましたが、今回のものはまた異なる着眼点であり、おもしろいです。
今年も落選!村上春樹はそもそもノーベル文学賞候補ではないとの説が!?|LITERA/リテラ 本と雑誌の知を再発見 2014.10.10(酒井まど)
村上春樹はこれから先もノーベル文学賞は獲れないのではないか。こう指摘するのは、評論家で作家の小谷野敦。小谷野は、著書『病む女はなぜ村上春樹を読むのか』(ベスト新書)のなかで、春樹ノーベル賞の可能性について様々な角度から考察しているのだ。
そもそも村上春樹はノーベル賞の候補に本当に入っているのか。そこから小谷野は疑問を呈する。というのも、この時期報道でよく目にする「下馬評で1番人気」「最有力候補」などというのは予想屋が勝手に予想しているだけのもの。ノーベル賞の選考委員会は候補を公表しているわけではない。(中略)
小谷野が「ノーベル賞受賞に当たっては不利な要因」としてまず挙げるのが、「村上春樹は日本ペンクラブ会員ではない」ということ。そんなことで決まるの?と思うかもしれないが、日本人初のノーベル文学賞作家である川端康成は、日本ペンクラブ会長を17年という長期にわたって務めており、2人目のノーベル文学賞作家の大江健三郎も、ペンクラブ理事、副会長だった。
しかも単にペンクラブの役職に就いていればいいというわけではなく、「根回し」が重要だと小谷野は見ている。川端は会長任期中に日本で初めての国際ペンクラブ大会を開いており、その関係で西洋へもたびたび行き、さらに国際ペンクラブの副会長も務めており、「西洋社会への根回しは十分だった」。大江も「海外へ出ることも多く、それなりに根回しはしていた」。一方、海外での評価も高く候補に入っていたが受賞には至らなかった谷崎潤一郎は、飛行機が怖くて一度も西洋へ行ったことはなかったのだとか。
●左派じゃないとノーベル文学賞は取れない?戦争反対・アピールも
そもそも英訳されていないと欧米じゃ読まれないというのはよくわかるのですが、海外評価が高くても取れなかったというのはおもしろいですね。また、以前も出てきた見方ですが、ノーベル平和賞とノーベル文学賞は、極めて政治的な賞です。
小谷野に言わせると「ノーベル賞委員会は、少し左寄りである」という。たとえば、アメリカで初めてノーベル文学賞を獲ったシンクレア・ルイスや、授与されたが辞退したサルトルも、社会主義的だった。日本では保守派と見られる川端康成も「その辺はぬかりなく、戦後は平和主義の仮面をかぶり続けた。ノーベル賞をとってしまうと地金が出て、(略)以後日本ペンクラブは右寄りに」なったという。
当時大江健三郎はペンクラブを一度退会しているのだが、その後またペンクラブが左寄りに戻ると、戻ってきて理事になっている。そして「1984年には反核声明を出すなどしているし、大江は原爆、沖縄などを問題視する平和主義者としてふるまい、ノーベル賞にこぎつけた」。もちろん小谷野は、川端も大江も政治的な立ち位置だけで受賞したと言っているわけではない。優れた文学者として高く評価しているが、それだけではノーベル賞は受賞できない。たとえ文学者として優れていても、「日本人がノーベル文学賞をとるには、ロビー活動が必要」なのだ。対して春樹は、文学賞の選考委員もやらず、文壇の受賞パーティにも姿を見せないなど、文壇づきあいをほとんどしていないと指摘する。
ただ、村上春樹さんはイスラエルでスピーチやったじゃん!と、私は思いました。あれ、ノーベル賞を意識していたんじゃないですかね?
実際、記事でも、"近年は、イスラエルのエルサレム文学賞授賞式で「いかなる戦争にも賛成しない」「非武装市民の側に立つ」などとスピーチしたり、あるいは東日本大震災直後に受賞したカタルーニャ賞のスピーチでは反原発の立場を表明したりしている"と指摘。さらに、ズバリ「ノーベル賞を意識した政治活動」とも感じられるともしていました。
●村上春樹にノーベル文学賞が無理な理由 ノーベル賞が嫌う通俗小説だから
日本ペンクラブ幹部という取っ掛かりは斬新でしたが、上記の平和主義的なところとの親和性は他でも指摘がありました。また、以下の点も結局他と同じ意見です。内容的にふさわしくないという見方ですね。
<100年以上の歴史をもつノーベル賞なのでその受賞傾向を一概に語ることはできないが、ひとつだけハッキリしていると小谷野がいうのが「通俗小説には与えられない」ということなのだ。そして「春樹の作品は、ノーベル賞委員会が嫌う通俗小説なのではないかという気が私にはしている」>
なお、小谷野さんは、日本では"多和田葉子や津島佑子、堀江敏幸のほうが可能性があるのではないか"としているそうです。ただ、これも根回しをすれば…という話かもしれません。とはいえ、こういった意見も「予想屋が勝手に予想しているだけ」と同じで、正しいかどうかは不明です。案外、サクッと取ってしまうこともあるかもしれません。
一方、「勝手に予想しているだけ」と言われた予想屋の予想も見てみましょう。
ノーベル文学賞は8日発表 村上春樹氏は2番人気 - 社会 : 日刊スポーツ [2015年10月6日9時18分 紙面から]によると、今年は村上春樹さんが1番人気じゃないそうです。
<今年の文学賞は、世界最大規模のブックメーカー(賭け屋)英ラドブロークスによる予想で、村上春樹氏が2番人気となっている。1番人気はベラルーシの作家スベトラーナ・アレクシエービッチさん。このほか、ケニア出身の作家グギ・ワ・ジオンゴ氏、米国の作家フィリップ・ロス氏らの名前も上位に挙がっている>
●ブックメーカーの予想は当てになるのか?答え合わせをしてみると…
昨年の受賞者は、フランスのパトリック・モディアノさんでした。じゃあ、昨年の予想でこの方は入っていたのでしょうか?で、確かめてみると、今年と同じような予想メンバーで、上位にパトリック・モディアノさんはいませんでした。本来ならもう数年確かめた方が良いのですが、やっぱりあまりあてにならない雰囲気ですね。
ノーベル文学賞予想、村上春樹さんがトップ :日本経済新聞 2014/9/25 11:13
世界最大規模のブックメーカー(賭け屋)、英ラドブロークスは24日までに、10月に発表されるノーベル文学賞受賞者を予想するオッズを発表、日本の作家、村上春樹さんが6倍(24日現在)で1番人気となった。
村上さんは一昨年、昨年の予想でもトップになっており、根強い人気を示した。村上さんは別のブックメーカー「ユニベット」や「パディパワー」でも1位(24日現在)となっている。
ラドブロークスのオッズによると、ケニア出身の作家、グギ・ワ・ジオンゴさんが7倍で2位。3位にはアルジェリアの作家、アシア・ジェバールさんと、ベラルーシの作家、スベトラーナ・アレクシエービッチさんが同率の11倍で続いている。
●スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチ氏が有力と言われるのはわかる
ただ、今年の1番人気のスヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチのWikipediaを見ると、政治性はバッチリでノーベル文学賞の傾向に合っています。村上春樹さんよりは理解できる予想と言えそうです。(2015/10/08 20時半追記:1番人気のスヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチ(スベトラーナ・アレクシエービッチ)さんで、そのまま決まりました。今年は大当たりです)
スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチ - Wikipedia
ウクライナ・ソビエト社会主義共和国に生まれる。ベラルーシ人の父とウクライナ人の母をもつ。父親が第二次世界大戦後に軍隊を除隊すると、ベラルーシ・ソビエト社会主義共和国に移住し、両親は教師となった。スヴェトラーナはベラルーシ大学でジャーナリズムを専攻し、卒業後はジャーナリストとして活動。聞き書きを通して、大事件や社会問題を描く。
第1作『戦争は女の顔をしていない』では、第二次世界大戦に従軍した女性や関係者を取材。(中略)『チェルノブイリの祈り』では、チェルノブイリ原子力発電所事故に遭遇した人々の証言を取り上げているが、ベラルーシでは未だに事故に対する言論統制が敷かれている。2003年に来日し、チェルノブイリを主題に講演を行なった。(中略)
『チェルノブイリの祈り』は、ロシアの大勝利賞、ライプツィヒのヨーロッパ相互理解賞、ドイツの最優秀政治書籍賞を受賞したが、ベラルーシでの出版は独裁政権による言論統制のために取り消された。1996年スウェーデンPENクラブよりクルト・トゥホルスキー賞受賞。2013年ドイツ・ブックトレード平和賞受賞。
●2014年のパトリック・モディアノ氏は通俗小説家だった!
2015/10/08 19時追記:ノーベル文学賞発表前に記事をいくつか読んでいたら、前年のパトリック・モディアノさんって、その「通俗小説」の作家って言うじゃないですか!? じゃあ、大丈夫ですね。
日刊ゲンダイ|また空騒ぎ? 村上春樹氏「ノーベル文学賞」へ新たなハードル 2015年10月8日
「いま、村上春樹を読むこと」(関西学院大学出版会)などの著書がある文芸評論家の土居豊氏はこう言う。
「ノーベル文学賞は通好みで難解な作品を得意とする作家が選ばれる傾向が強いのですが、昨年はサプライズでした。受賞したパトリック・モディアノ氏は通俗小説家。フランスの村上春樹、あるいは渡辺淳一といってもいいかもしれません。その点ではハードルが下がったとみています」
記事は「今年こそはと踏んでいましたが、ムードが変わってきました」としていましたが、理由は例の当てにならないブックメーカーのオッズっぽいですね。ただ、(日本人は他人事ですけど)今ヨーロッパはシリア難民が問題であり、より政治性を重視するということなのかな?と想像。いずれにせよ、「通俗小説」もOKってことならだいぶ話が違ってきますね。
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