2020/12/07追記:
●マスコミの専門家が信頼できないから、ネットの専門家や素人を信じる?
●ロングスリーパーが良いとも悪いとも言えない理由
2015/11/9:今回紹介する記事は、
【睡眠論争に決着?】 「ロングスリーパー=駄目人間」ではない!:日経ビジネスオンライン(国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所の三島和夫・精神生理研究部部長に聞く 鈴木 信行 2015年7月30日)というものです。
<「ロングスリーパー=駄目人間」ではない!>というのが、どーんと目立ったタイトルですよね。ただ、ロングスリーパーに関する話はちょっとだけ。しかも、最適な睡眠時間は個人によって違うために、長く寝る人が不健康だとか、あるいは健康だとか言えない、というごく常識的な説明だけでした。
この説明は短い睡眠時間も同様ですね。そもそも最適な睡眠時間が個人によって異なるので、睡眠時間という情報だけですと、健康か不健康かを正確に言うことはできません。ところが、これは私が常識的な説明だと思っているだけで、実際にはそうではないのかもしれません。以下のようにめちゃくちゃな話が蔓延しているそうです。
<短時間睡眠を推奨する書籍は多いが、長時間睡眠を薦める本はめったに見かけない。メディアでも「長時間睡眠は早死にする」といった記事は頻繁に掲載され、有名起業家の自己啓発本などを読むと「睡眠時間は3時間で十分。長く寝る奴は人生を無駄にしている。負け組確定」といった趣旨のフレーズが普通に書かれている>
●項目が大量にあればどこかに差がつくはず!という画期的なアイデア
三島和夫・精神生理研究部部長のところに、あるテレビ局が、「2つの最新枕を対決させる企画をやりたい」という連絡が来たそうです。しかし、三島部長は「そんなことをしても企画は成功しませんよ」と否定的でした。以下のような理由です。
<なぜかと言えば、睡眠グッズについては「統計的に有意」と言えるほどの差がまず付かないからです。(中略)多くの人は、「寝具メーカーが研究を重ねて開発した新製品を比べる」という実験内容を聞いた段階で、「いずれの製品も、家の枕よりは眠れるだろう」と心理的バイアスに囚われてしまうからです>
A社製もB社製も同じように高得点が出てしまう、という予想。これでは番組になりません。ところが、この後に続く話は、意外でした。なかなかこのテレビ局のスタッフは頭が回ります。感心しちゃいました。
<そう言うと、テレビ局のスタッフは「ならば、採点項目を寝心地とか寝つきの良さとか100項目ぐらい作ればどうか」と提案されてきた。大量に項目を作れば、何個かは偶然でも「統計的に有意」と言える差が出る項目が出るかもしれない。それを唯一のエビデンスに勝敗を決めたらどうか、というわけです>
●項目数を増やして有意差を作り出す手法は「機能性表示食品」でも疑い
感心はしてしまったのですが、実は、これ、科学的には「不正」もしくは「不適切」とされる手法なんです。三島和夫さんも、以下のようにおっしゃっていました。
<確かに評価項目数を増やしていけば統計的有意差が出る項目は必ず出てきます。そのため臨床試験では最終的な比較項目は「試験前」に決めるのが原則で、後付けで選択してはならないんです。それを許してしまえばどのような試験でも有意差を「作れて」しまいます。「非科学的です」「品格が疑われます」などと言っていたら、連絡が来なくなりました(笑)>
非科学的という話がありましたが、困ったことに実際にこういう手法が科学論文で取られることがあるのです。
最高なチョコレートダイエットを証明したドイツ論文、嘘だった?で書いた論文はこれで査読を通り、海外の有名メディアで報じられてしまいました。
最近始まったばかりの「機能性表示食品」でも、「えんきん」の根拠論文がこういった手法では?と疑われていると、
ファンケルのえんきんの効果を専門家が疑問視 根拠論文がひどすぎで紹介しました。国がお墨付きを与えている「機能性表示食品」ですら、この有様です。
●とにかく個人差が大きい睡眠、「睡眠に最適な環境」も人それぞれ
睡眠の場合特に難しいと感じたのは、「睡眠中の脳波などを調べて、快眠が得られる寝具を探そうとする前向きな試験を行っている」ような、良心的な企業の取り組みが実を結ばないおそれがあることです。
三島部長は"誤解なきように言いますと、生理学から見て「睡眠に最適な環境」というものは存在します"と、おっしゃっていました。ただし、やはり個人差が大きいために、一概にどの製品が良いとはいえません。
さらに「深い睡眠が増えるなど睡眠脳波で改善がみられても、必ずしも主観的な快眠が得られないこともある」ということで、数値の良し悪しと、感覚的な良し悪しが一致しないこともあるようです。本当難しいですね。
●人は非科学的なものを求める・テレビに出る専門家が信頼できない理由
専門家だとか科学者だとかでも見解が分かれることが多いのは当然なのですけど、「テレビで言っていたから」といった信じ方をする人が多く、困ります。で、このテレビで出る専門家は、どっちかと言うと悪い方の専門家なのかもしれないなと思った話がありました。望ましくないものが選ばれてしまうわけで、いわゆる「逆選択」(逆淘汰)の状態になっているのかもしれません。
<テレビの話に戻りますが、冒頭の睡眠グッズのみならず、健康や薬サプリメントに関する番組への出演、アドバイスを求められることが時折あります。「○○野菜を取れば癌にならない」とかそういう番組、沢山あるでしょう。でも僕はこういうスタンスだから、サプリメントや健康食品に対し否定的な見解をすることが少なくない。そうすると、打ち合わせがかなり進んでいるのに、「先生、この話はなかったことにしてください」と突然言われたりする。確認してみると大抵、番組スポンサーにグレーゾーンの健康食品が名を連ねていることが多いです>
先ほどの引用部で、インタビューアーの人は「これだからテレビマンは…」といった調子でした。でも、これって、一般人でもかなり多くの人にそういうところがあると思うんですよね。三島部長は「私は講演なんかでもあまり評判がよくないんですよ」ともおっしゃっていました。
"聴衆は「良質な睡眠を取るにはどんな寝具を買えばいいか」を聴きに来てる"のに、"結局、「どんな睡眠グッズがいいですか」という質問には、自分が「いい」と思う枕をそれぞれ使うのがいいですよ、という結論になる"ためです。最初の方で、"私が常識な説明だと思っているだけで、実際にはそうではないのかもしれません"と書いたのは、これも理由でした。
私も「個人差がある」という話はよく書きますし、断定しない言い方を心がけています。そのせいで疑似科学を信じる人から「断言できないくせに」といった批判も来たことがあり、普通の人にはあまり好評ではないということはわかっていたつもりでした。
でも、今回の話を読んで、予想以上に不快に思う方が多いのかもしれないと感じました。根拠不足だろうが、嘘だろうが、ズバッと断定する言い方の方がウケて、アクセス数も稼げるのかもしれません。ただ、それはやっぱり私にはできません。三島部長が言ったように、それは「非科学的」で「品格が疑われます」。
●マスコミの専門家が信頼できないから、ネットの専門家や素人を信じる?
2020/12/07:最後のところで「テレビに出る専門家が信頼できない」といった話を書きましたが、セットでテレビの専門家だけでなく一般人も問題という話も書いていました。「テレビは嘘だらけでネット情報が正しい」とか「テレビに出ていない人の方が正しい」という意味ではありませんからね。ここらへんは注意が必要で、もう少し強調しておきたいです。
上記を書いた後、ネットでのデマの影響力が強くなっています。「テレビはデマ捏造だらけ」と言いつつ、テレビですら警戒するツイッターなどのトンデモ専門家どころか、専門家ですらない素人の裏付けのない主張を信じる人が多すぎて、世の中に無視できない大きな影響を及ぼすようになってきました。
研究論文も専門家も異なる結論になることは珍しくありません。そして、食い違いがあるということは、多くの場合、正しくないことも多いということ。さらに、当然、マスコミにも誤報があります。しかし、こうしたことは「専門家やマスコミ以外の主張が正しい」という意味ではありません。むしろそうではない情報の方が専門家やマスコミ以上に質が低く、間違いも多いです。騙されないようにしてくださいね。
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