製造業国内回帰の話をまとめ。もとはそれぞれ「製造業国内回帰という幻想 日本の円高→円安で復活という雰囲気」(2015/3/12)と「円安で製造業が国内回帰?トヨタ自動車は否定、キヤノンは無人工場」(2016/3/17)というタイトルでした。
冒頭に追記
2022/11/11追記:
●脱台湾?トヨタ・ソニーなどが日の丸半導体で国産化を目指す! 【NEW】
●脱台湾?トヨタ・ソニーなどが日の丸半導体で国産化を目指す!
2022/11/11追記:中国を敵視する産経新聞特別記者から「中国重視」と批判されていたトヨタ自動車。そのトヨタが心変わりしたんでしょうか? <トヨタ・ソニーなど国内8社出資 先端半導体の国産化へ新会社>(2022年11月10日 18時32分 NHK)というニュースが出ていました。
良さそうに見える製造業の国産化は特に根拠があるわけではなく、むしろどちらかと言うと悪い感じ。特に政治が絡んでくると、利益度外視となり、失敗率が格段に上がります。半導体の国産化は特に政治絡みが濃いところ。とはいえ、民間企業が主体になってやるなら、成功する可能性も上がってくるかもしれません。
<次世代の半導体の開発競争が世界的に激しくなる中、トヨタ自動車やソニーグループ、NTTなど日本の主要な企業8社が、先端半導体の国産化に向けた新会社を共同で設立したことが明らかになりました。経済安全保障上、重要性が増す先端半導体の5年後の量産化を目指すことにしています>
<関係者によりますと新会社の名称は「Rapidus」で、▽トヨタ自動車、▽デンソー、▽ソニーグループ、▽NTT、▽NEC、▽ソフトバンク、▽半導体大手のキオクシア、▽三菱UFJ銀行の8社が出資します。
新会社では、自動運転やAI=人工知能、スマートシティーなど大量のデータを瞬時に処理する分野に欠かせない先端半導体の技術開発を行い、5年後の2027年をめどに量産化を目指します>
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20221110/k10013886691000.html
「民間企業が主体になってやるなら」と書いて本文を読んだら、「政府も研究開発拠点の整備費用などに700億円を補助することにしていて、近く、西村経済産業大臣が発表する見通し」との一文を発見。うーん、これは私的にはむしろマイナス要素ですね。なるべく民間の方でやってほしいんですけど…。
<政府は、欧米との共同研究を加速させながら、日本の強みである半導体の製造装置や素材などを生産する企業とサプライチェーンを構築し、国内の生産体制を強化することにしています。(中略)官民一体となって、先端半導体の量産化に向けたプロジェクトに乗り出すもので、各社の技術を結集し、巻き返しを図れるか注目されます>
<あらゆる製品に欠かせない半導体は、経済安全保障上、重要な物資となっていて、世界で開発や生産を強化する動きが出ています。(中略)これに対して日本政府は、ことし4月から半導体の生産体制を強化するため、総額6000億円余りの基金を活用し、支援に乗り出しました>
読売新聞なんかは記事で「日の丸半導体」などと書いていました。「日の丸半導体…ウッ、頭が…」といった感じで、過去の悲惨な失敗例を連想。「日の丸なんとか」は失敗フラグであり、別に誇れるようなワードではないので、言っちゃだめですよ。嫌な記憶を思い出させないでください…。
あと、「脱中国」の投稿に追記してしまったのですが、考えてみると、半導体は別に中国は強くないんでした。NHKでは、「アメリカや韓国、台湾のメーカーがしのぎを削っています」という書き方。また、日経新聞記事なんかは、「台湾に生産を依存している半導体」と書いていました。「脱台湾」という話だったようです。
●そもそも製造業の国内回帰は本当に良いことなの?実は根拠不明
2015/3/12:製造業の国内回帰に関しては、もともと否定記事の方が私はよく目にしていました。国内回帰の影響力は僅かでそれで国内経済が伸長するわけではないという指摘が何度もされてきています。さらに言うと、そもそも海外に製造業が工場を作ることで日本経済に悪影響であるとか、日本人の雇用悪化をもたらしているとかという主張も否定されています。
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日本でもすでに起きていた製造業のリショアリング・国内回帰 ■
アメリカ製造業の空洞化 国内回帰で工場は戻ったが雇用は戻らず ■
失業者の増加は中国人のせい!中国がアメリカの製造業の雇用を奪っているというチャイナ・ショック論文、デビッド・オトール教授らが研究 ところが、「製造業 回帰」で検索してみると、上位は国内回帰が望ましい・素晴らしいというものがズラリ。世間はそういう認識なんですね。うまいこと騙されているのかもしれません。
●データを見ると怪しい…製造業国内回帰を宣伝するアメリカの真実
アメリカでも似たような状況のようで、
製造業、米国回帰の裏側:日経ビジネスオンライン(篠原 匡 2015年2月10日)という記事が出ていました。
レポートは米国の経営コンサルティング会社、A.T. カーニーが発表したもので、「The Truth About Reshoring: Not What It's Cracked Up to be!」というタイトル。かいつまんで言えば、製造業の米国回帰は巷間、言われているほどの経済的インパクトはないという話である。(中略)
このレポートの特徴は、中国や台湾、マレーシア、タイなど14カ国の新興国(地域を含む)で生産された製品の輸入量と国内製造業の総生産高の変化率を比較することで、マクロ経済に与える国内回帰の影響を分析しているところだ。国内回帰の影響が言われているように大きければ、製品の輸入量に対する総生産高の比率に何かしらの変化が現れる。
だが、A.T. カーニーが作った回帰指数(Reshoring Index)を見ると、2011年こそ水面上に顔を出したが、2004年以降、指数は一貫してマイナスの状態にある。これはつまり、国内回帰を上回る速度で輸入が増えているということだ。しかも、2014年の国内回帰は件数は2013年に比べ増えているものの、回帰指数ではさらに下落している。エレクトロニクス産業に至っては、全業種平均を大幅に下回る状況だ。
今回の調査は"輸入量と国内生産高の比較であって、海外移管が国内回帰を上回っているということまで示しているわけでは"ありません。ただ、"製造業の雇用者数の伸びが鈍いことを考えれば、今でも国内回帰を上回るペースで海外移管が進んでいる可能性は高い"と想像されていました。でも、この作者にも海外に雇用者が奪われているという誤解がありそうな感じです。
●製造業国内回帰という幻想 日本の円高→円安で復活という雰囲気
そう言えば、国内回帰の話ですけど、<円安で海外の生産を国内に移す動き>(2015年1月13日 4時23分 NHK)という記事に関してはネガティブなこと言ったら非国民という勢いでしたわ。やはり国内回帰こそが善いという考えのようです。
でも、感情的に良い悪い…という話ではなく、現実のデータを見なくちゃいけませんからね。これは逆に「国内回帰がいけない」と決めつける意味でもないですよ。ただ、「日本に作ったら善、海外に作ったら悪という単純な話ではなく根拠が必要だ」という意味です。
<円安が進んだことで精密機器や電機メーカーの中には海外での生産の一部を国内に移す動きも出始めていますが、海外に軸足を移してきた各社の戦略が変化するのか今後が注目されます。
新興国市場の拡大や円高などに対応するため日本メーカーが生産の海外移転を進めてきたなかで、キヤノンは、現在の円安水準は続くとみて、主力のデジタルカメラなど付加価値が高い新製品では今後、生産を国内に切り替えていく方針を打ち出しました。
具体的には、長崎県や大分県内にある工場での増産などによって、今後3年以内をめどに国内生産の比率を現在の4割から6割以上に引き上げるとしています。
このほか、パナソニックは中国で生産しているエアコンや電子レンジで、シャープも空気清浄機などで、それぞれ生産の一部を国内に戻すことを検討しています>
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150113/k10014623191000.html
ただし、記事でも、<一方でインフラ関連など海外事業が主力になっている日立製作所や三菱電機は引き続き現地生産を拡大するとしているなど、各社の間では生産の国内回帰は限られた動きになっているのが現状>と指摘。「国内市場の縮小が見込まれるなか生産拠点を戻すには多くのコストが必要」などが理由だそうです。
あと、この記事では円高が諸悪の根源だった…という反応も多かったのですがこれまた根拠不明。この日本の円高→円安で復活という雰囲気も、製造がどの国で行われるかで国内の景気が決まるという思想が背景でしょうね。ただ、繰り返すように、この考え方自体が現実とは異なっている可能性が高いのです。
●国産除虫菊蚊取り線香、採算とれず断念
ちょっと毛色の違う話題なのですが、ついでに使いどころがなかった
国産除虫菊蚊取り、断念 採算とれず和歌山・有田の企業:朝日新聞デジタル(関口佳代子 2014年12月28日06時48分)という話も。
蚊取り線香発祥の地・和歌山県有田市で、地元の除虫菊を使って2011年から市内で唯一の国産の蚊取り線香を製造していた「石井除虫菊工業所」(有田市野)が、10月31日付で製造を停止したことがわかった。軌道に乗れば地元の新たな観光資源になるとも期待されていたため、関係者は無念の表情を浮かべる。
同工業所は1966年に設立された。今年10月時点で従業員は7人。2011年、それまで続けていた大手蚊取り線香メーカーの下請けをやめて、市の観光資源にしようと地元で除虫菊の栽培を始めた。
かつて「白いじゅうたん」と形容され、市を象徴する花だった除虫菊。同工業所は満開の時期を迎えると、畑を無料公開したり、県と連携して蚊取り線香の手作り体験を企画したり、少しでも多くの人の目に触れるような機会を作った。
そのうえで試作を重ね、今年5月に初めて製品化にこぎつけた。除虫菊の花の子房には、人に無害とされる殺虫成分「ピレトリン」が含まれている。2巻き500円(税込み)で売り出した製品は、安全な製品を求める全国の消費者から注文が相次ぎ、今年夏だけで約1千個が売れたという。
従業員の上山利規さん(62)は「(国産品は)これまでは利潤が上がらないとして切り捨てられてきた部分だが、『ほんまもん』志向の人がいて喜んでもらえることがわかった」。
ただ、復活当初から採算はとれていなかった。
利潤を確保するため、より安価な中国産の除虫菊を別途輸入して製品化することも計画。だが、少量のみの輸入は難しいことと、販路の見通しが立たないことなどから断念した。(関口佳代子)
"安全な製品を求める全国の消費者から注文が相次ぎ"や「『ほんまもん』志向の人がいて喜んでもらえることがわかった」という前向きな話もありました。ただ、冷たい言い方になってしまうものの、それでやっていけるまでの需要はなかった、あるいは採算がとれるほどの価格では売れないというのが、この結果なのでしょう。
あと、この話は地方経済の活性化みたいなテーマで使っても良かったですね。上記はものにならなかったという例。現実にはこうやって成功するより失敗する方が多いでしょう。とはいえ、チャレンジしていかないと、大成功も生まれません。こういう地方の個性的な産業づくりのチャレンジは歓迎すべきです。
●中国の賃金上昇でアメリカ復活!バラ色の未来予想図を公開
2016/3/17:工場が発展途上国から先進国に戻って雇用が回復するという話については、一時繰り返し否定的な話を書いていました。残念ながらそうした主張が荒唐無稽なストーリーばかりであるためです。
今回、久しぶりに書いたのは、アメリカの失敗例がまた載っていたため。こういうのは実際に調査した結果が大事ですね。ただ、その前にボストン コンサルティング グループによる無責任なバラ色の未来予想図から。まさしくお伽話といった内容になっています。
2011年8月、ボストン コンサルティング グループが衝撃的なレポートを発表していました。「Made in America, Again」と題され、当時日本でも、この内容が多方面で引用されたそうです。レポートでは、次の2つの点が強調されていました。
・中国の賃金上昇、米国の生産性向上、ドル安などにより、北米市場向け製品のうち多くは、米国で生産した場合と中国で生産した場合とのコストの差が今後5年以内にほぼなくなる見込み
・米国南部と中国揚子江デルタ地域の賃金を、生産性を加味した上で比較すると、2010年には中国揚子江デルタ地域の賃金は米国南部の41%だったが、2015年には61%へ上昇
(
生産回帰より高付加価値戦略が正解な米国:日経ビジネスオンライン 牧野 直哉 2016年3月16日より)
●アメリカの生産回帰指数を見ると未来予測は大外れ
でも、御存知の通り、こんな素敵な世界は全然訪れませんでした。
2016年となった現在まで、米国への生産回帰が進んだのは、オバマ大統領が明確な政策を打ちだした2011年のみ。以降、生産回帰は進んではいない。(中略)
(引用者注:米ATカーニーが発表している「生産回帰指数(Reshoring Index)」によると、)オバマ大統領が生産回帰、そして製造業の輸出振興を訴えた2011年こそ国内生産の増加傾向が見られるが、2012年以降は一貫して輸入の占める比率が増加している。
●中国の方が生産しやすい理由は人件費ではない
理由の一つは、"携帯電話や自動車といった上流の生産を戻したいと考えても、サプライチェーンを構成する要素であるサプライヤー"が、依然として海外にあるためです。"海外にあるノウハウは簡単に移管でき"ません。
仮に移管できるとしても、米国と中国の人件費の差は引き続き大きい。また米国における製造受託メーカーの多くは、試作品や多品種少量品、ハイエンド品が対象だ。海外で生産している製品を米国生産したくても、生産を受けられるメーカーが米国に存在しないのだ。
記事で勧めていた高付加価値戦略の説明はよくわからなかったのですけど、これも結局中国にノウハウがあるという話。iPhoneは中国でないと作りづらいってのは、以前から言われていました。
iPhoneの背面に刻印されている「Designed by Apple in California Assembled in China」は米国製造業の海外進出方法を象徴している。製品開発は米国で行って、製造は中国の製造委託先で行うビジネスモデルだ。iPhoneは最新モデルの6Sまでこのビジネスモデルで生産し全世界に供給している。新たな機種の登場により、追加や変更されているのは機能面だけではなく、生産技術の面でもさまざまなノウハウを中国側で蓄積している。
●円安で製造業が国内回帰?トヨタ自動車は否定、キヤノンは無人工場
日本でも国内回帰という幻想が盛り上がったことがありますが、2015年の時点でトヨタ自動車の豊田章男社長が冷や水を浴びせる発言をしていました。
円安で国内生産回帰の幻想 トヨタ社長「そういう考えはない」、キヤノンは無人工場 | ビジネスジャーナル 2015.02.23
円安によって国内生産を増やす動きは相次ぐものの、大型の設備投資を伴う国内回帰が本格的に進む可能性は低いとみられている。トヨタ自動車の豊田章男社長は、生産の国内回帰について「我々にそういう考えはない」と語り、九州で生産している高級車レクサスの一部を今夏以降、米国工場に移す計画に変更はないと明言した。米国で発売する自動車は米国で生産する方針だ。
もう一つのタイトルになっているキヤノンの話は、なぜ生産回帰で雇用回復というのが嘘であるか?というのがわかる話でした。そもそも雇用が少なくて済むから国内で工場を作れるのですから、これで雇用がたくさん増えるはずがないのです。
キヤノンの御手洗冨士夫会長兼社長は、生産の国内回帰を進める理由について「生産現場の人材の質は日本が圧倒的に高い」と指摘している。同社は円安になる前から、新製品の国内生産にこだわってきた。人件費に影響されにくい、ロボット主体の無人工場のノウハウがあるからだ。(中略)
日本で生産するのは日本向け製品のみであり、海外向け製品を製造する工場が日本に戻ってくることはないという見方が強い。
●日本でも国内回帰の大きな動きは起こっていない
ほとんど報じられないので、日本での生産回帰については調査はないのかな?と検索したら、見つかりました。やっぱり生産回帰は進んでいません。
(PDF)製造業の国内回帰シリーズ① 円安によって国内回帰は進むか? みずほ総合研究所 調査本部 経済調査部 2015年6月29日
現時点では工場新設を伴う国内回帰は、個別企業の事例としてはみられるものの、マクロ的には生じていないといえる。(中略)
今後は円安基調が続く中で国内回帰の事例は増えてくると考えられるが、マクロ的にみると海外投資重視のトレンドは変わらないだろう。
雇用回復には繋がりませんが、考え方としては国内向きの工場を作るってところですね。
国内の製造業に求められるのは、円安だけに頼らない国内拠点の充実・高度化である。国内拠点の研究開発やマザー工場としての機能を高めると同時に、新規成長分野を開拓していくことが重要だろう。
そして、量産タイプの工場は向かないということです。
企業が国内拠点を選択する理由は、生産コストよりも研究開発やマザー工場としての優位性が大きいと考えられる。実際、日本政策投資銀行が2014年度に行ったアンケート調査では、「大部分を国内に残す方針とする部門」として、「研究開発」や「マザー工場」との回答が多くなっている。
夢物語を語っても仕方ないので、ここらへんは現実を見た話をしなくちゃいけません。
●新型コロナウイルスでむしろ中国依存加速、トヨタ自動車が代表例
2020/06/24追記:中国を敵視する産経新聞特別記者・田村秀男さんが、<【お金は知っている】安倍政権が産業界に「脱中国」を呼びかけても…コロナ感染でますます中国にのめり込む主要企業>(夕刊フジ / 2020年6月22日 17時12分)という記事を書いていました。安倍政権は新型コロナウイルスの感染爆発で中国でのサプライチェーン(供給網)が寸断したことを受け、生産拠点が集中する中国などから日本への国内回帰や第三国への移転を促すことにしたものの、現実はむしろ逆だといいます。
日本企業の設備投資を中心とする直接投資実行額と、ここから投資回収分を除いた「ネット投資」を見ると、むしろ中国依存が高まっているとしていました。日本で最も大きな企業であるトヨタ自動車が、その代表格だともされています。トヨタ自動車やトヨタグループは自民党への献金が最も多いところのひとつなんですけどね…。
<他地域では投資実行額を増やしても、同時に回収分を増やすのでネットの投資はさほど増えないが、中国向けだけはネット投資が増加し続けている。(中略)投資回収を手控えるのは、その分、現地への再投資を増やすことを意味する。いわば、どっぷりと世界の工場、中国にのめり込むのだ。
新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)後もネットの対中投資を上積みするのは、日本企業の姿勢がより中国に協力的になっていることを示す。代表的な企業がトヨタ自動車で、この2月末、中国・天津に総額1300億円を投じ、電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車(PHV)など環境対応車の生産工場を建設する方針を固めたという>
https://news.infoseek.co.jp/article/00fujiecn2006190004/
●トヨタは親中企業?日鉄が特許侵害でトヨタと中国企業を提訴
2021/10/19追記:別のところでも追記した話なのですが、中国重視のトヨタという観点から見てもおもしろいかな…と思ったのでこちらにも転載。トヨタ自動車が電動車(ハイブリッド車など)のモーターに使っている宝山製の鋼板が自社の特許を侵害しているとして、日本製鉄(日鉄)がトヨタ自動車と中国の鉄鋼大手・宝山鋼鉄を提訴した件についてです。
<トヨタは、長い取引関係がある日鉄が、鋼板を造った宝山だけでなく自社も訴えたことに「びっくりしている」(長田准・執行役員)と驚きを隠せない様子だ>
<巨大自動車メーカーのトヨタが有力な仕入れ先から訴えられるのは異例で、ある業界アナリストは「『トヨタが上で日鉄が下』という上下関係に、くさびを打ち込んできた印象だ」と指摘する>
<日鉄とトヨタは今夏、鋼材価格をめぐる交渉でも激しく対立。日鉄が供給停止をちらつかせて大幅値上げを求め、トヨタが折れたという経緯がある。長年、鉄鋼と自動車のトップメーカー同士で親密な関係を構築してきた両社の間に溝が生じているとの見方が広がっている>
(
トヨタ、驚き隠せず 電動車販売に影響も―日鉄提訴:時事ドットコム(2021年10月15日)より)
「トヨタが情報を漏らしたと言うこと?確かにトヨタは、水素もハイブリッドも中国に与えたけどね」といった反応も出ていましたが、そういうわけではなさげ。
日本製鉄はなぜ中国・宝山とトヨタを訴えたのか: 日本経済新聞(2021年10月15日 12:32)によると、訴訟に関わるテクニカルな問題のようです。
<日鉄がライバルの中国鉄鋼メーカーだけでなく、顧客であるトヨタまで訴えたのは、その方が問題解決に有効と考えられたからだ。
第一に、宝山の大口顧客であるトヨタを訴訟対象とすることで、宝山が訴訟に正面から向き合うことが期待できる。
第二に、訴訟戦術としても日本企業を巻き込む必要があった。当該特許は日本でしか出願しておらず中国の裁判所では争えない。日本と中国の間では、お互いに相手国の判決を承認する相互保証をしていないため、仮に東京地裁で日鉄が宝山に勝訴しても、中国の裁判所に日本の判決をそのまま執行してもらうことはできない。日鉄は日本国内で確実に販売などの差し止めの効果や賠償金を得るために、トヨタにも訴訟を提起する必要があった>
また、トヨタは日鉄に賠償金や和解金を支払うことになっても、交渉によって宝山から償いを求める「求償」が可能だと見られています。これは、第三者の特許などを侵害していないことを仕入れ先の原材料メーカーや部品メーカーにあらかじめ保証させる「表明保証」が通常あるため。結局、ほとんど宝山だけが損失…ということになりそうです。
ただ、トヨタのイメージ低下は免れないでしょう。さらに、道義的責任もあると思います。というのも、こうした特殊な鋼板を中国メーカーが作れないことをトヨタが知らなかったとは考えづらいため。「たぶん特許侵害だけどうちの責任じゃないから安い方が良い」と仕入れていた可能性が高いでしょう。前述のような上下関係もあり、日鉄から訴えられるとも考えていなかったはずです。
こういうのは、製造業だけでじゃなく、サービス業なんかでもありますね。例えば、事故が多発した高速バスなんかも安全軽視で作った低価格でした。不当に安すぎるサービスの場合、手抜きや不法行為などが行われている可能性が高く、それに気づきながら契約しておいていざ問題が起きると「業者側の問題でうちも被害者」と逃げることがあるのです。ここらへんはただちに違法とは言えないため、問題を深刻化させてしまっています。
【本文中でリンクした投稿】
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