幼児教育は意味がないと言われていますが、珍しく意味があるという研究を見つけました。が、どうも中身を見てみると、かなり限られた特殊な条件で意味があるといった感じみたいです。(2016/6/13)
また、安倍政権が幼児教育と保育の無償化の方針を示しましたので、最後にこの関係の話を大量に追記しています。(2017/07/06)
●低所得層のアフリカ系米国人が幼児教育で学歴アップ
2016/6/13:他でも書いているように、専門家の意見や研究・論文によって結論が異なるということはよくあります。なので、一つの研究論文の結果や一人の専門家の意見だけを元に「正しい」とするのは危険です。独立した多くの研究があって初めて、確からしいものと判断できます。
で、幼児教育に関して、これまでの研究結果と違う意見を見かけて、あれ?と思いました。
幼児教育が人生に与える影響:研究結果 « WIRED.jp 2011.02.23 WED 20:00 Jonah Lehrer
(引用者注:シカゴ大学の経済学者でノーベル賞受賞者のJames Heckman(ジェームズ・ヘックマン)氏と、ペンシルベニア大学の経済学者Flavio Cunha氏が2010年7月に発表した論文において、)研究者たちは広範な調査結果を引用しているが、最も印象的なものは、幼児教育の長期的な影響を追跡した調査だ。例えば『Perry Preschool Project』は、ミシガン州イプシランティにおいて、低所得層のアフリカ系米国人の子ども123名(最初のIQスコアは、全員が75から85)を対象に行なわれた調査だ。子どもたちが3歳のとき、実験群と対照群とに無作為に分け、前者には質の高い就学前教育を受けさせ、対照群には就学前教育を受けさせなかった。その後、被験者たちを数十年にわたって追跡し、直近では彼らが40歳のときに、両群の比較分析を行なっている。
成人した被験者を比較した結果、就学前教育を受けた群は、受けなかった群に比べて、高卒資格を持つ人の割合が20%高く、5回以上の逮捕歴を持つ人の割合が19%低かった。離婚率も低く、生活保護等に頼る率も低かった。[Perry Preschool Projectに関する日本語の文献はこちら(PDF)。「月収2000ドルを超える者の割合は実験群が対照群の4倍で、家を購入した者も実験群が3倍高かった」という]
●幼児教育でIQが上がるわけではない
理解できるのは、この幼児教育がIQの向上に役立っていないことです。これは従来と変わらない研究結果ですので素直に受け入れて良いでしょう。
記事では、"興味深いのは、この実験が「IQスコアの向上」に長期的な効果をもたらしたわけではないことだああ2としていました。"就学前教育を受けた子どもたちは、最初のうちは一般知能の向上を示した"ので、一見効果があるように見えました。ところが、"ので、この傾向は小学2年生までに消失"。小学校低学年で差がなくなってしまうのですから、IQ向上に関しては意味がないと言って良いです。
しかし、そうじゃない部分で効果があるというのが、この調査のポイントでした。"代わりに就学前教育は、さまざまな「非認知的」能力、例えば自制心や粘り強さ、気概などの特性を伸ばすのに効果があったとみられる"としていたのです。
「自制心」そのものが非常に大事だというのであれば、過去の研究と同様です。マシュマロ実験などの研究により、IQより自制心の方が人生の成功で大切なことがわかっています。(関連:
幼児期の子供はIQより自制心の強さが大事 マシュマロ実験の結果)
私はこれを向上させることが可能なのか?というのを疑問に思っていましたが、この調査はそれが可能だということを示唆しています。
なお、同様の実験は他にもあるようですが、やはりIQの向上はほとんど見られないようです。
Cunha氏とHeckman氏はそのほか、『Carolina Abecedarian Project』や、シカゴの『Child-Parent Center Program』など、早期教育が同様の効果を上げた研究について取り上げている(主な相違点は、Abecedarian ProjectではIQスコアの長期的向上がみられたことだが、この傾向を示したのは女児のみで、それもかなり早い年齢からプログラムを開始した子どもに限られた)。
●IQを高めるのなら生後3ヶ月から
ただ、別記事でヘックマン教授はIQも変えられると言っていました。矛盾していて、戸惑ってしまいます。
「5歳までのしつけや環境が、人生を決める」:日経ビジネスオンライン ノーベル賞経済学者、ジェームズ・ヘックマン教授に聞く 広野 彩子 2014年11月17日
ヘックマン:IQを高めたければ、乳幼児期の働きかけが重要です。これまでの研究で、IQは人生の初期にかなり決まってしまうことを示しているからです。30歳の人のIQを変えるのは極めて難しいですが、生後3カ月からであれば変えることができます。
1972年に米国で実施されたアベセダリアン・プロジェクトという、平均生後4.4カ月のアフリカ系アメリカ人の貧しく家庭に問題を抱えた子供約100人を対象にした研究がありました。子供たちを2つのグループに分け、一方には教育活動をせず、一方のグループだけに最新の教育理論に基づいた、ゲーム形式の継続的な教育的な介入を施しました。このグループは5歳まで週に5日、保育施設で一緒に介入を受けました。健康管理や行政サービスは、教育を受けないグループも同じように受けました。
幼児期にこうした教育的介入をした人たちの追跡調査を続けて分かったことは、幼少期にきちんと教育的な介入を受けていれば、30代になった時のIQが平均してより高くなり、その後も高いままであり続けるということでした。さらに重要なのは、影響がIQだけではなかったことです。より学校の出席率や大学進学率が高く、スキルの必要な仕事に就いている比率も高く、一方、10代で親になっている比率が低かった。犯罪行為に手を染める比率も減りました。
――つまりIQだけでなく、潜在能力も高めていたと。
ヘックマン:20代で集中的な教育を施しても、幼児期ほどIQを高めることはできません。
●ヘックマン教授もIQは大切ではないとしている
一応、ヘックマン教授はIQが大事だとは言っていません。それよりグリットが大事というのは、前述のマシュマロ実験や
IQを上げる意味なし 成功に必要なのはグリット、IQや才能は無関係と同じです。
ですから、ヘックマン教授が勧めているのは、「IQが高くなる」とか、{勉強ができるようになる」とか、「幼児なのに小学校の勉強がもうできている」とかいったことを目指す幼児教育ではないかもしれません。記事で「しつけ」という言い方をしているのもその可能性を感じさせます。
仮にそうであれば、これも従来の知見通りです。また、日本の幼児教育はこの時点でほとんど不合格だと思われます。
ただ、前述のIQに関する部分の食い違いは引っかかりますね…。(ワイアードの記者が誤読した可能性もありますが)
ヘックマン:IQが示すようなテストを解く能力は、人生の諸問題を解決する能力と同じではありません。現実に直面する試練は、多くの異なる特徴を合わせ持っているからです。だからこそそこで、IQでは測れない忍耐強さや自己抑制力、良心が重要な役割を果たすのです。高いIQが必ずしも高次元の人生をもたらすわけではなく、一番重要なのは「良心」だと私は思います。コンサルティングの仕事を辞めてニューヨークの公立学校で数学を教えた心理学者のアンジェラ・リー・ダックワース氏はこうした力をグリット(grit、やり抜く力)と呼びました。人生において重要な特性だと思います。
●小学生に課題を与えると将来役立つ
さらに、
宿題に意味はない 成績が向上しないどころかむしろ悪い影響の可能性の反論となりそうな話もありました。短期的な効果と長期的な効果の差と考えると、可能性を感じます。
ヘックマン:子供に課題を与えて、毎日来させて、計画・実行させ、最後に仲間と一緒に復習をさせる実験をしました。1日2、3時間、小学生に対して2年間毎日実施しました。追跡調査の結果、この経験がその後の人生において大きなスキル向上につながっていたことが分かりました。ということは、課題を与えて、計画して実行し、友達と一緒に復習することを親がきちんと教えられれば、親と子の関係や付き合い方すらも変わるかもしれませんね。
●ヘックマン教授の主張の根拠となる研究が少なくて古い
最後にもう一つ別のところから。この方自体はヘックマン教授の主張を好意的に捉えているようなのですが、冒頭で書いたように裏付けとなる研究が多く必要だということを考えると、以下の点は軽視すべきではありません。
『幼児教育の経済学』 : ECONO斬り!! 安田 洋祐 大阪大学 大学院経済学研究科准教授
ただ、ヘックマン研究の中心を占める社会実験(↓の2件)がかなり古く、現代のアメリカや諸外国にどの程度当てはまるのかについて、慎重な判断が求められるとは思います。他の補完的な研究によって、彼の主張のもっともらしさがどこまで立証されるのか。今後の研究の進展に期待したいです。
・ペリー就学前プロジェクト(1962~67年)
・アベセダリアンプロジェクト(1972~77年)
長期間の追跡実験の場合、研究の開始時期が古くなるのは致し方ないのですが、この時期の家庭環境・教育環境などはかなり現在と異なるでしょう。最初にあったように、ペリー就学前プロジェクトは当時のアフリカ系米国人を対象としたものでもあり、特殊だったのではないか?という疑念があります。
IQ以外の面で長期的に良い影響があるかもしれないという主張なら私も理解できる気がしますが、正直証拠はまだ弱いと感じました。
●安倍政権が幼児教育と保育の無償化の方針
2017/07/06:
幼児教育無償化、骨太に明記へ=政府方針、財源「年内に結論」:時事ドットコム(2017/05/30-16:21)というニュースがありました。政府が、"6月に取りまとめる経済財政運営の基本指針「骨太の方針」に、幼児教育と保育の無償化の早期実現を目指す考えを明記する方針"だという話です。
どちらかと言うと民進党の方が好きそうな政策であり、安倍政権・自民党らしからぬ発想。本来なら褒めてあげないといけないのかもしれません。
ただ、"無償化の財源については「こども保険」の創設"などを検討というのは、ひっかかります。また、もともとうちの幼児教育シリーズでやっているように、そもそも幼児教育は意味があるの?という根本的なところが疑問です。ヘックマン教授の研究を見ると、効果があるのは一部の貧困家庭だけであり、大部分は無意味なのではないかと思いました。
●幼児教育無償化に意味があるのはアメリカだけ 日本はリターンゼロ
ヘックマン教授の研究に関しては、専門家の解説が見たいと常々思っていたところ、この幼児教育無償化に関してのコラムで発見。
幼児教育の無償化はマジックか?――日本の現状から出発した緻密な議論を / 赤林英夫 / 教育の経済学 | SYNODOS -シノドス-というものです。
赤林英夫慶應義塾大学経済学部教授によると、我が国で幼児教育を無償化すべきという根拠として、ヘックマン教授の研究結果が「エビデンス=根拠」として引用されることが多いそうです。ところが、「これは米国と日本の社会的背景の違いを無視した暴論」だとされていました。
というのも、"米国は先進国の中でも就学前教育(米国では5歳から学校教育が始まるため4歳までの教育を指す)の普及が最も遅れている国"であるため。OECD統計(2014年)(注1)によると、4歳で何らか幼児教育施設(保育所と幼稚園)に通っている比率は、米国では68%(統計のある32ヵ国中29位)、日本では95%(同12位)。3歳児に至っては、米国は39%(29ヵ国中27位)、日本は69%(同14位)です。
なので、"日本で4-5歳の幼児教育を無償化することは、保護者が自発的に行ってきた私的支出を税金で肩代わりする"だけで、リターンはゼロということでした。ただ、子供をつくる際のハードルを下げることにはなりそうですけどね。
●幼児教育無償化が貧困世帯を救わずむしろ格差拡大を招きかねない理由
ヘックマンの主張の説明も概ね私の理解で良いみたいですね。"50年前の米国で、養育環境も悪く、教育機会にめぐまれない就学前の子どもに、質の高い教育を施したときの効果が収益率としてはきわめて高かったというもの"であり、めちゃくちゃ特殊です。
そして、別の研究(Duncan and Magnuson 2013)は、"近年の幼児教育は、ヘックマンが分析した調査データのときほど、効果は高くない可能性があり、その背景には、50年前と比較すると、貧困家庭であっても養育環境が大きく改善していることがある"としているとのこと。
また、今回の施策が貧困世帯への効果すら大きくない理由が、さらに別にあります。実を言うと、生活保護対象の世帯は保育料を免除されており、それ以外でも減免が可能。むしろ得するのは、貧困ではない世帯という可能性すらありそうです。つまり、格差が広がる方向性です。ヤバイな、これは…。
●政府が本来やるべきことは別のこと
なので、4,5歳ではなく、3歳以下へお金を使うべきという指摘。私はこれも賛成です。待機児童問題は隠れ待機児童がいるので、生半可な対応では解決不可能なんですから、集中して投資すべきです。通いたくても通えない状態なのですから、まずはこちらを解決すべきでしょう。
また、4,5歳でも幼児教育をしていないごくわずかな家庭へ集中して…という話も賛成。前述の通り、幼児教育の効果があるとわかっているのは、ごく一部のほとんど教育を受けていない子どもたちだけです。
最終的に全家庭での幼児教育無償化がなされるとしても、まず、行われるべきなのは、意味があるとわかっているもの、今できていないもの。政府の考え方はそこらへんがおかしいといか、そもそもまともに何も考えていない感じ。やっぱり褒められない内容でしたね。
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