帰ってきたヒトラー 上 (河出文庫 ウ 7-1)
投稿者 nacamici トップ500レビュアー 投稿日 2014/2/17
21世紀に突如としてベルリンの路上に戻ってきたヒトラーが、お笑い芸人「アドルフ・ヒトラー」として出演したテレビ番組で、ナチス全盛期の1930年代と論調のスピーチをおこなって大受けし、看板番組をもつまでになり……という架空の話(中略)現代ドイツ社会を覆う危うさを、この帰ってきた独裁者の口から語らせると言う構想は心憎いまでの演出に脱帽。
最初のうちは『バック・トゥー・ザ・フューチャー』的に、半世紀以上もの時を経て現代社会に降り立ったヒトラーのズレれたオヤジっぷりが純粋に可笑しくて笑えるのだが、そのうちときどき「まあ、極端だけど一理ある」という気持ちにさせられていく。とくに与党、野党含めた政治批判は、ドイツ国民ならずとも、「よくぞ言ってくれた」という気持ちにさせられるところがある。どの党首よりもこのおっさんのほうがリーダーシップあるんじゃないかと一瞬思ってしまいそうになる。もちろん、歴史的な文脈を理解したうえで読めばとんでもないことを言っているということはわかるが、文脈から切り離して読めば、言葉なんてどんなふうにも理解できるものだ。(帰ってきた)ヒトラーの周囲の人間は、彼を「変わり者だが非常に才能のある芸人」としか見ていないので、彼の発言を自分たちの文脈でしか理解しない。(中略)
さらに落ち着かない気持ちにさせられるのは、ヒトラーに親近感を覚えていく自分の心境の微妙な変化だ。小説のなかでも彼は狂信的な独裁主義者だが、とにかくいつも真剣で、毅然としていて、主義主張は明快、逃げも隠れもしない。そしてなんどきも禁欲的なまでに国家の課題を最優先する骨の髄までの「総統」である。彼の世界観や思想信条はとうてい受け入られるものではないが、彼の姿勢や態度は、いまのリーダーたちに欠けているものだったりする。そしてネットなら炎上必至のキレの良すぎる現代文明批判はブラックジョークとして一級品である。(中略)
読み終わるあたりにはポピュリズムから独裁にいたる道筋がはっきり見えてくる。
映画『帰ってきたヒトラー』——大衆迎合主義の「正しい」実践法 1/2 | 散歩の思考 : SwingBooks.jp 2016年6月27日 17:20
まず「ヒトラー」は、市井のひとびとの話にじつに誠実で真摯な態度でもって耳を傾ける。「共感」を媒介にして、ひとびとがいだく不満や不安をうまく引きだす。そうして、それは既存の体制がダメだからだと、明快に一刀両断にしてみせる。そしてその問題にはわたしが責任をもってあたるというような「強いリーダーシップ」でもって相手を「勇気づけ」つつ、自説へと接続してゆくのである。
その話法も興味深い。卑近ではあるがとてもわかりやすい(だが論理的には飛躍がある)比喩をつかってシンプルな図式を示す、既得権益をもっている(あるいはそのように見える)ものを「敵」だと決めつけ徹底的に断罪する、極論を持ちだして怒りや恐怖や不安をかきたてる、いまが非常な危機にあるとやたらに煽る、その一方で押すと引くの機微を見きわめ、そしてなにより、どんなときも自信満々。
映画『帰ってきたヒトラー』――大衆迎合主義の「正しい」実践法 2/2 | 散歩の思考 : SwingBooks.jp 2016年6月28日 17:20
オリヴァー・マスッチ演じるヒトラーは、ヒトラーがたんなる「怪物」や「極悪人」なのではなく、またそのように理解してしまうことの危険性を説得的に示している。
かれがなぜ選挙で選ばれ、あれだけのひとびとの支持を集めることができたのか。それは、かれ自身がひとを惹きつける「魅力」をもち、人間の心の奥底をとらえる洞察力をそなえ、それらを十全に機能させるためのテクニックに通じていたからだ。
ドイツ全国行脚の場面をはじめとする諸場面は、マスッチ扮する「ヒトラー」が実際の街中へ入っていき、ふつうの市民と話をするというドキュメンタリー的な手法で撮られたという。(中略)
この手法によってカメラが捉えることになるのは、現代の日常へ突如闖入してきた「ヒトラー」にたいする、ひとびとの反応である。反発を示したり、あなたはここへ来るべきでないと諭すようなひともいる。
しかし他方では、「ヒトラー」と会話するうちに、ちょっとびっくりするくらい民族主義的で排他主義的な発言を漏らしてしまうひとも少なからずいるのだ。現代のドイツ社会では、日常的にはまず口にしないし、許される雰囲気ではないようなことを、ついついしゃべってしまうのである。(中略)
この作品が並の風刺とちがうのは、ヒトラーが大衆を扇動したという、ある種わかりやすい図式を更新してみせたことにあるだろう。そうではなく、ヒトラーとは、「大衆」とよばれるひとびとが無自覚のうちにみずから孕んでいる「怪物」が、ひとりの人物として具現したものなのだ。
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