最初の投稿は、2016/11/30で、"都合良く使われるハラスメントとポリコレ"や"ポリコレ疲れがトランプ勝利の理由?"といった話。
その後、2017/04/09に、"ポリコレの意義と批判された理由"、"橘玲氏もポリコレで炎上? 「自分の妻も管理できない安倍首相」"、"人間がある性質を持つこととその正当性は全く別の話"と、大量に追記しました。
【クイズ】男性上司が仕事ぶりを評価する一方で「それが顔に出ているうちはプロじゃない」と外見を指摘するコマーシャルを作って批判を浴びた企業はどこ?
(1)AGF
(2)資生堂
(3)ルミネ
●ポリコレ疲れがトランプ勝利の理由?
トランプ大統領誕生の理由は様々なものがあり単純化してはいけないので、飽くまで理由の一つなわけですが、ポリコレというのがキーワードになっています。
ポリティカル・コレクトネスの時代:トランプ勝利は「ポリコレ疲れ」か? | THE NEW CLASSIC [ニュークラシック] 公開日:2016.11.23 KEN ISHIDA
「ポリティカル・コレクトネス(ポリコレ)に疲れた人々が、トランプを支持した」という分析は、トランプ勝利と併せて急速に語られ始めた。(中略)
Twitterでも、以下のようなつぶやきの様に、クリントンの敗因をポリティカル・コレクトネスと結びつける主張が見られる。
今回のクリントン敗北の要因の一つはポリティカル・コレクトネスによる言葉狩りが典型で、普段「和解」とか「融和」と言いながら、リベラル側が決めた枠にハマらない人達に対する言論封殺やヘイトスピーチ全開のリベラル達の非寛容さの偽善に多くの米国民が拒否反応を示したからだと思う
(中略)そもそもポリティカル・コレクトネスとは何であり、あるいは何ではないのだろうか?
橋下徹前大阪市長は、ポリティカル・コレクトネスについて以下のように語っている。
過度な政治的きれいごと、ポリティカルコレクトネスが、論理矛盾を引き起こし、有権者との信頼関係を崩していく。安全保障上、核兵器が必要なら、広島で核廃絶のかっこつけ演説などしてはならない。トランプ氏は核兵器の必要性を真正面から宣言。
実際に、ポリティカル・コレクトネスを綺麗事であると考える人は少なくない。しかしその考え方は、端的に言って間違っている。(中略)
結論から言えば、ポリティカル・コレクトネスは1つの規範ではなく、規範の「調停」に本質があると考えられる。
そのことは、以下の3つの観点から説明することができる。
(1)ポリティカル・コレクトネスは、規範自体の是非を議論するのではなく、あくまでも表現・言説的な調停によって合意を図り、
(2)その合意(=コレクトネス)は、時代状況や規範の修正によって常に見直しが迫られる暫定的・政治的なもので、
(3)その調停は、功利主義的な観点から正当化されている
●都合良く使われるハラスメントとポリコレ
ポリコレは以前からあるものですが、日本語での検索数の動向を見ると、トランプ勝利の後に突如として増えていたことがわかっています。実際、覚え立ての用語を得意げに使う子供のようにはしゃいでいる人たちが多くネットで見られていました。
ポリコレに反発があるというのは、ポリコレの運用に問題があることだと記事では指摘されていました。ただ、一方で作者は"「ポリコレ疲れ」を差別の正当化に使うことは許されない"ともしています。
この記事で載っていた日本のポリコレの例は、セクシャルハラスメントに関わるものが多かったのですが、こうしたハラスメントもポリコレ同様に都合良く使われることがあります。
ポリコレ疲れを反映して当選したとされるトランプ次期大統領すら、自分に都合の悪い言説は「ハラスメントだ」としています。
トランプ氏、「謝れ」と再投稿=ミュージカル出演者に立腹-米:時事ドットコム(2016/11/21-07:16)
【ワシントン時事】トランプ次期米大統領は20日朝、ブロードウェーの人気ミュージカル「ハミルトン」の出演者らに「今すぐ無礼な振る舞いを謝れ」と改めてツイッターに投稿した。観劇したペンス次期副大統領に「米国の価値」の尊重を訴えた出演者が、謝罪要求に応じていないことに怒りを募らせたとみられる。
ペンス氏は18日夜、米建国史を描いたハミルトンを観劇。終了後に黒人俳優ブランドン・ディクソンさんが出演者を代表して、次期政権に人種などの多様性を尊重するよう呼び掛けた。トランプ氏は翌19日、「ペンス氏がハラスメント(嫌がらせ)を受けた.」とツイッターに書き込み、出演者に謝罪を要求。これに対し、ディクソンさんは「話をすることはハラスメントではない」と返信し、ペンス氏が意見を聞いてくれたことに謝意を表明していた。
●ポリコレは目的ではなく手段である
最初の記事は「ポリティカル・コレクトネスを理解しない人々は無知な差別主義者」という応答をとがめており、どちらかと言うとポリコレを主張する人に批判的なものでした。
ただ、ポリコレとレッテル貼りして正当化する人たちも負けず劣らず乱暴であり、こちらの問題を軽視してはいけないと思われます。
そもそもポリコレは「見直し」であるとされていたように、目的ではなく手段であり、ポリコレかどうかの認定は重要ではないでしょう。ポリコレを理由とした反対というのは、意味不明で馬鹿げています。
問題は正されるべきとされるもの、ハラスメントなどが、本当に問題なのか?という話。作者も以下のように書いていました。
"(引用者注:ポリコレとされた例は、)セクハラだと批判を浴びたものから、歴史認識への欠如を批判されたものまで、多岐にわたる。それらを一括りにすることは、それぞれの問題に対する批判を隠蔽してしまう"
例えば、トランプさんがハラスメントだとしたものは単なる意見であり、嫌がらせなどではありませんでした。こうやって個別に一つ一つ見ていくしかないですね。
●「ポリコレ問題」とまとめてはいけない理由
クイズは、記事で世間でポリコレ問題だとされた例として出ていた資生堂の話を。うちでは、
電通過労自殺と資生堂セクハラCM、本質がパワハラという共通点があるで書いています。
【クイズ】男性上司が仕事ぶりを評価する一方で「それが顔に出ているうちはプロじゃない」と外見を指摘するコマーシャルを作って批判を浴びた企業はどこ?
(1)AGF
(2)資生堂
(3)ルミネ
【答え】(2)資生堂
私はこれの本質はセクハラではなく、パワハラだと見ていました。なので、フェミニストが騒いでいるだけという批判は妥当だとは思えませんでした。
さらに記事では、「自分のために化粧」と言ってきた資生堂が「化粧は他人のためにするもの」と取られかねないメッセージを出したことへの失望もあり、"単純なポリティカル・コレクトネスの関係だけでは、捉えきれない"としていました。企業の宣伝の失敗みたいな観点ですかね。
とりあえず、これが「種々の問題をポリコレ問題と一括りにしてはいけない」という主張の一つの理由になっていました。
●権力者による地位を利用したいじめを批判するのはポリコレだ!
ポリコレ批判が大好きな人多いですね。
はてなブックマーク - 「権力者が地位を利用していじめをすると、全員が負ける」ストリープさん、トランプ氏を批判で、ポリコレ批判が人気になっていました。トップ10入りしています。
“まぁ「ニッポンスゲエ!」よろしく「PCすげえ!」とか自分らの言動にメロメロになって自分らがイジメやってることに気づかなかった愚劣さがいまトランプ政権という「全員が負ける」状況に結実してる訳だがw”(hal9009 2017/01/09)
“このタイトルって普通にポリコレ批判にも使えるロジックだよな”(hahiho 2017/01/10)
“授賞式のスピーチで悪口言うのは、権力者のいじめではないのか。”(nori__3 2017/01/10)
ただ、幸いこれらへの批判がもっと人気になっていました。
“差別的言動を慎まない政治家は、差別的言動へのお墨付きを周囲に与えているのと同じ。”(hi_kmd 2017/01/09)
“アンチポリコレ勢が何だかんだイチャモンつけてるが、障がい者を揶揄するような言動はどんな立場の人であれ批判されて当然では?”(shima2tiger 2017/01/10)
“大富豪にして世界最強の権力者がちょいと批判されただけで「PC棒だイジメだギャー」と騒ぐ人ら一体何に囚われているんだ。トランプ側が幾ら権力で弱者を殴り続けても肯定する姿勢って…結局"弱者は黙れ"だけやん。”(Gl17 2017/01/10)
権力者が地位を利用するいじめをOKって、中国とか北朝鮮とかですよ。いつも書いているんですが、中国を口汚くののしる層の人たちの方が、中国のやり方を好みます。
●ポリコレの意義と批判された理由
2017/04/09:上記までの部分で書かれているように、ポリコレに拒絶反応が起きてしまうのは、ポリコレを利用してある人やあるものを血祭りに上げる運動が盛んになってしまったためです。
本来、ある問題を是正するのが目的であったにも関わらず、絶対正義のようになって、作り出した悪者を叩き潰すことが目的となってしまいました。それを上記の記事の作者は、「運用に問題がある」といった言い方をしていました。
同様の話が、橘玲さんの『
「読まなくてもいい本」の読書案内:知の最前線を5日間で探検する
』にありました。
"問題なのは、PCを主導する左翼知識人が、自分たちを「正義」だと思い込んだことだ。
彼らはあらゆるところに「差別」を見つけて、それを批判し(場合によっては吊るし上げ)、自分たちの道徳的正しさを見せつけることが「社会改革」だと主張した。これは控えめにいっても、とんでもなく偏向した独善的な政治立場だ"
ただし、悪いのは飽くまでも、偏向した吊し上げ運動なのですから、そうじゃないものは意味があるということです。
上記の「問題なのは」の前は、ポリコレの意義について触れており、「看護婦」を「看護師」、「スチュワーデス」を「キャビンアテンダント」といった風に、男女の役割を固定化する用語を変えていくことには意味あるとしていました。
また、吊し上げ運動が運動が問題だというのですから、これはそっくりそのままポリコレ批判にも言えることでしょう。ポリコレ批判は、あることをポリコレだとレッテル貼りして激しく叩く…ということが目的化してしまっているためです。どっちも同じようなものなんですよ。
なお、ポリコレのおかしな事例としては、子供のための音楽作品「ピーターと狼」が、狼への偏見を与えるために、演奏中止にされるべきだとされた、というのがわかりやすいです。
さらに、吊し上げ運動とちょっと違った感じのおかしさですが、極端な差別語探しの結果、「盲目」を「視覚的にチャレンジされた」、「薄毛」を「頭髪的に不利な」などとやったそうです。これらなんかは、逆にバカにしている感じもしますね。
●橘玲氏もポリコレで炎上? 「自分の妻も管理できない安倍首相」
ところで、この本の作者である橘玲さんも最近、森友学園の国有地払い下げ事件に絡んで、ポリコレ的に問題がありそうなことを書いて批判を浴びていました。
自分の妻も管理できない人物に国家を管理できる? 週刊プレイボーイ連載(281) | 橘玲 公式サイト 投稿日: 2017年3月21日
大阪府の学校法人が首相夫人を「名誉校長」に迎えて新設する小学校の建設用地として、国有地を格安で随意契約した事件が波紋を広げています。(中略)
安倍首相は、妻があやしげな「教育者」に心酔したことでいわれなき非難を浴びた“被害者”ということになります。そしてじつは、自民党だけでなく野党でもおおかたの政治家はそう考えているといいます。(中略)
この特異な事件は、「自分の妻も管理できない人物が国家を管理できるのか」という話なのかもしれません。
安倍首相が被害者だという見方も引っかかりますが、大きく問題となったのはそこではなく、「妻は管理されるもの」という部分でした。
“”妻を管理する”なんて超保守でも躊躇する物言いだけどいいのかな?”(sakenosakana 2017/03/21)
“「総理夫人」があたかも公的な地位の様に振る舞いながら、問題が起きたら、私人とか言い出して公的な責任を放棄しているから批判されているのであってな。妻の行動を管理しろなんて話ではないぞ。”(uchya_x 2017/03/21)
“女房に人格を認めない(女性の配偶者を従属物と見做す)言論を好む前時代的・封建的な連中、邪悪すぎる”(cinefuk 2017/03/21)
“このご時勢に妻は"管理される"のか。”(xa_ax 2017/03/21)
“いやな言い方。この人は以前から家父長制的な物言いが目につくよね。配偶者を管理だなんて、物品や上司部下じゃないんだから。”(bell_chime_ring238 2017/03/21)
“「妻を管理する」。どこの国の話だ?”(mazmot 2017/03/21)
(
はてなブックマーク - 自分の妻も管理できない人物に国家を管理できる? 週刊プレイボーイ連載(281) | 橘玲 公式サイトより)
ここで橘玲さんを叩くことが目的化すると前述の通りダメなんですが、確かに私もこの言い方には引っかかりました。橘玲さん自身、男女の役割の固定化から開放したことをポリコレの意義としていたはずなのに、そういった根本部分に引っかかりそうな偏見でした。これはさすがにおかしいと言って良いんじゃないでしょうか?
●人間がある性質を持つこととその正当性は全く別の話
橘玲さんは、保守派とリベラルおよびもっと左の左派(リベラルは中道右派とされることもある)と、まんべんなく批判的に見ている印象が私にはあったのですが、上記を見てしまうと印象が変わってしまいます。
『
「読まなくてもいい本」の読書案内:知の最前線を5日間で探検する
』でも、ちょっと引っかかるところがありました。
現在では、人間の行動や心も、進化の影響、遺伝的な影響が大きく関係していると考えられています。そういった研究に貢献したエドワード・オズボーン・ウィルソンさんは、著書『社会生物学』の中で、人間の持つ普遍的な特徴をいくつか挙げました。そして、その中に、「両性間で労働が分割されること」「オスが全面的支配権を持つこと」というのがあったのが、ポリコレ派に目をつけれられてしまいました。
もちろんウィルソンさんは、男性中心主義を支持して、差別を正当化しているわけではありません。人類の共通点を考えると、遺伝子的にそうなっているのではないか?としただけです。これは、おかしな方のポリコレ運動でしょう。
ここらへんについての橘玲さんの説明は良いと思ったものの、別のところが気になりました。動物生態学の伊藤嘉昭さんによる「動物行動学者」竹内久美子さんへの批判を、学者としてはあるまじき罵詈雑言にちかい批判と、悪く紹介していたことです。
このネガティブな評価も確かに、完全にわからないわけではありません。伊藤嘉昭さんは、具体的な理由を示した批判ではなく、「研究論文も書いていないエセ学者だ」といった感じの批判をしていたためです。
とはいえ、竹内久美子さんがかなりデタラメだったのは確かです。橘玲さん自身、竹内久美子さんが進化論を「悪用」して、独自の政治イデオロギーを展開したといった書き方をしています。(ただし、カッコつきの「悪用」という書き方ですので、含みがあります)
竹内久美子さんの主張で間違っていることがわかりやすいのは、遺伝子的に男の浮気は当たり前だから「複婚(特に一夫多妻制を合法化」といった主張。
まず、
男性同性愛者が浮気性な理由は、男性が浮気性で女性が違う理由と同じ 進化心理学の最適な戦略の違いで説明可能で紹介したように、男性の最適な生存戦略が、多くのパートナーと関係することであるのは本当です。
ところが、女性の場合は、男性と長期的な関係を作ることが最適な生殖戦略でした。女性から見れば、一夫多妻制を認めない方が正しいのです。これを竹内久美子さんは無視して、男性の性質だけを利用して一夫多妻制を正当化しています。
ただ、最も決定的な間違いは、人間の性質であるからと言って、それが正しいことであるという意味ではないという、基本中の基本的のところです。
例えば、同じ書籍では、人の脳が、進化の過程で、裏切り者感知プログラムを高度化させてきたことが紹介されています。しかし、だからと言って、子どもたちに「裏切り者を見つけることは良いことだよ」とは教えませんよね。いじめで自殺者が出たニュースを見て、「よくやった、もっとやれ!」とも言わないでしょう。人間の性質と、その正当性というのは、全く別の問題なのです。
この種の誤解をしちゃう人は結構いるみたいで、ある大学の講義のQ&Aでも、以下のようなものがありました。(改行は変更)
龍谷大学2002年5月9日質問回答
Q.チンパンジーが種の保存のために戦争をするなら、ヒトの殺人や戦争もある程度正当化されるのだろうか
A.この質問をした人は生物進化の仕組みについての第2回の授業に出ていなかったようです。この人は二つの重大な誤解をしています。
第一に、ヒトを含め、すべての生物は種の保存のことなど考えていません。かれらは自分の遺伝子をできるだけたくさん次世代に残すように振舞っているのであって、そのためには同種の他個体を殺してしまうこともあるでしょう。
また、生物学的に「こういう行動が広まりやすい」ということと、「そうしなければならない」という倫理は、まったく別のことです。
この二つはすでに説明したことですが、この授業の受講生でこういうことを思っている人がいるとしたら講義を何も理解していないと判断せざるを得ないほど重大な誤解ですので、あえて指摘しておきます。
したがって、竹内久美子さんの理解も落第生レベルなわけです。で、その竹内久美子さんにも分があると誤解されそうな橘玲さんの書き方は、不誠実な印象を受けて、本音では保守思想に賛成なのかな?と、ちょっと思ってしまいました。この他にも、"現代の進化論が「右派」の主張と重なる部分を持つことを示している"と書いており、これまた誤解を助長しそうでした。
まあ、これは前述の「妻を管理」みたいなあからさまなものではないので、疑いすぎなところがあるのですが…。
それから、人間の性質についての知見は、むしろ「注意すべき」という場面で利用されることの方が多い、ということも指摘しておきます。例えば、
アクセルの踏み間違い事故が起きるのは自動車が設計ミスだからで、私は自動車やエスカレーターはヒューマンエラーを招きやすい構造で設計ミスなので、もっと安全なつくりにすべきという話を書いています。
でも、この知見を元に、「自動車事故やエスカレーター事故を人が起こすのは正しいことだ」と主張しちゃっているのが、人間の持つ性質を正当性に結びつける人たちの考え方なわけです。これだと明らかにおかしいとわかりますよね。
あと、欧米の先進国以外の国であっても妻の方が夫より収入が多い家庭が、既に珍しくなくなっている、という話も紹介しておきます。日本はかなり特殊な国なようで、私も日本人感覚だったので、データを見て驚愕しました。(関連:
日本の家事の男女分担、女性の負担が多いのは男性の所得が高いから?)
このような社会では、男性が外の仕事をして、女性が家庭の仕事をするという役割分担を「正」とするのは、非現実的でしょう。さらに言えば、そもそも女性の方が稼いでいない家庭であっても、女性が外で働かなくなったら生活が成り立たなくなるということが起きてしまいます。何度も言うように、人間の性質とその正当性は全く別の話なのです。
なお、人類に普遍的だと見られていた男性が外の仕事をして、支配権を持つ…に反する社会を築いている地域があって、しかも、それですごくみんなハッピーという、ちょっと信じられない記事を最近見かけてブックマークしていました。
例外的なケースであり、普遍的なものではありませんが、こちらについても紹介する予定でいます。
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