男性脳・女性脳に関するふたつの投稿<男性脳・女性脳のデマ 男性は女性より脳が大きくIQも高い…は疑わしい研究>と<信じていたら恥ずかしい…男性脳・女性脳診断は大嘘 違いはあるがごくわずか>をまとめました。
2つ目の投稿ではタイトルに「信じていたら恥ずかしい」つけていましたけど、我々が単純な結論を導き出したがるという傾向があるのは否定できず、今まで信じていたとしても特別劣った人間だというわけではありません。ただ、男性脳・女性脳診断みたいなものがいかにデタラメかという話は知っておいてほしいと思います。
もともと書いたきっかけは「男性は女性より脳が大きくIQも高い」という研究が出たというのが、日本のまとめサイトで拡散されたこと。これは誤報に近い内容で、元ネタの研究では直接IQをはかる調査は行われていませんでした。過去の他の研究を見ても、信頼性は低いと思われます。
●報道で話題になった男性は女性より脳が大きくIQも高い…は疑わしい研究
2017/5/9:信頼性の低いゴゴ通信の記事だったので、取り上げるつもりがなかった
女性は男性より脳が小さく知能指数が劣るとイギリスメディアが報じる | ニコニコニュース(2017/5/7(日)15:36)というニュース。以下のような内容でした。
・イギリスのメディア、メールオンライン(デイリーメール)が、オランダの研究者が900人の男性と女性を対象にMRIスキャンを行い調査したところ、男性の脳は女性の脳に比べて14%大きいという研究結果を得たと報道。
・IQも男性の方が3.75程上ということがわかった。
・同時に記憶力は女性の方が良いことがわかっているが、コメント欄では「発明品はほとんどが男によるもの」「ノーベル賞を見れば明らか」などと盛り上がっている。
ただ、
男の脳は女より重くIQも高い? 海外で発表された論文の真相は : J-CASTヘルスケア(2017/5/ 8 19:00)によると、かなり怪しい話です。
日本での元ネタとなったデイリーメールによると、論文を発表したのはオランダのエラスムス・ロッテルダム大学の心理学研究所に在籍するディミトリ・ファン・デル・リンデン助教授。なので、ネタ元となる研究は、5月2日に発表されたばかりの「Sex differences in brain size and general intelligence (g).(脳の大きさと一般知能の性差)」のことだと特定することができました。
この研究では、「Human Connectome project」という米国立衛生研究所と世界各国の研究機関11か所が共同で実施した、人間の脳のニューロンのつながりや構造を正確にマッピングする別の研究のデータを利用しています。
まず、MRIの画像から男性と女性では明らかに男性の脳が大きいとわかった…といったことが書かれていますが、これは嘘ではありません。実を言うと、男女で脳の体積に差があり、身長や体重、体格の違いを考慮しても男性の脳が大きいことは数十年前から既にわかっていました。新しい話でもないのです。
しかし、問題となってくるのは、「IQも男性の方が3.75程上」といった部分。論文によると、性差があったのは、脳内の神経回路の変化が行動や記憶、思考、感情の変化にどのような影響を与えるのか調査した「行動テスト」に含まれていた認知機能テストのスコア。IQではないのです。
なお、認知機能テストの内容別にみると、空間認識能力のスコアは女性の低スコア化が顕著で、記憶能力では女性が高い傾向になっていました。なので、「記憶力は女性の方が良いことがわかっている」も事実でした。
●間接的な証拠で実際とは真逆の主張か?元の研究にも問題アリ
では、今回のような話が広がったのは、マスメディア側だけの問題か?と言うと、そうとは言えません。論文でも、この行動テストで男性が女性よりも平均0.25スコア高くなっており、IQに換算すると3.75ポイント程度に相当する、などと説明していたためです。
ですから、「誤報」とも言いづらいですね。元の研究から怪しいというもので、今回はそれほどマスコミの否はないかもしれません。とはいえ、IQの結論が間接的なものであるということは、言及があると良かったです。言及があるとこのIQに関する主張は、非常に粗いものだとわかる人が増えたためです。
ある事柄を調べる際に直接的にそれを確認する方法があるにも関わらず、間接的な証拠をもって主張するという、良くない研究がときどきあります。今回の場合、過去のデータの流用ですので新たな調査は行えないという事情があるものの、直接はかることが可能なIQについて、間接的な証拠で言及しちゃっています。端的に言って、信頼性の低い主張です。
実際、エジンバラ大学の研究者らが男女5216人を対象に調査を行い、2017年4月に発表した別の研究(「Sex Differences In The Adult Human Brain: Evidence From 5,216 UK Biobank Participants.」)では脳の大きさは男性が大きいが、大脳皮質の厚みは女性が厚く、認知能力とIQ検査の結果も女性の方が高い傾向にあると、されていました。ただ、こちらも研究の一つですので、同じような調査がいくつかあった方が良いですね。そちらの方が信頼性が高まります。
●OECD生徒の学習到達度調査は、むしろ女性の方が男性より高い
なお、過去にやっているように、学力テストのようなものは、女性の方が高い傾向にあります。数学的リテラシーでは僅かに男性の方が良いものの、読解力で大きな差がついているためです。
【2012年に行われたPISAの女子の平均得点/男子の平均得点の値】
国名 数学的リテラシー 読解力 科学的リテラシー
OECD全体 0.98 1.08 1.00
(
韓国にも北朝鮮にも負けている日本の「女性活用」:日経ビジネスオンライン 上野 泰也 2015年10月20日より)
しかし、今回はIQに限定したものですから、数学的な能力が強く影響されて、男性の方が高いという可能性もあるかもしれません。なので、一応女性のIQが低いという結果が証明されても、不思議はないと感じました。上記の「0.98」という結果は、誤差範囲という微妙な差だとは思いますけどね。
●男性脳・女性脳のデマ 「女性の方が頭が悪い」という主張がもう既に「頭が悪い」
実は、下書きしている投稿(<信じていたら恥ずかしい…男性脳・女性脳診断は大嘘 違いはあるがごくわずか>、後半にまとめ)で、男性脳・女性脳のデマに関する話があり、デマができあがっていく経過についても触れられていました。今回のものもそうなるかもしれないと感じました。
また、同じその下書きの投稿で書いていたのが、個人差の方がずっと大きいがために、「男性の方が~」「女性の方が~」といった主張をする意味はない…という話。これが意外だと大事なんですよ。あらゆる男女差の研究や民族の差などにも言える重要で根本的な観点です。
前述のPISAのテストでは、女性の「読解力」が男性より8%も高い数字になっているものの、これですらすべての男性の読解力がすべての女性の読解力に劣る…なんてことにはなり得ません。「男性でも読解力の高い人はいくらでもいる」「女性でも読解力の低い人はいくらでもいる」などの言い方もできます。少し考えればわかる話ですよね。
冒頭の記事のような「女性の方が頭が悪い」とか、逆の「男性の方が頭が悪い」とかいった議論に熱心になってしまうというのが、もう既に頭が悪い行動になっていますので、注意したいところです。
●右脳人間・左脳人間など…脳に関する逸話は間違いだらけ
2017/5/14:"脳にかかわる世間の関心は強く、さまざまなことが語られる"と言います。ただし、それが正しいとは限りません。2009年、OECD(経済協力開発機構)が公表して、有名になった「神経神話」“Neuromyths”には、以下のような間違って広まった「神話」の例が挙げられていました。
「人間の脳は全体の10%しか使っていない」
「右脳人間・左脳人間が存在する」
「脳に重要なすべては3歳までに決定される」
「男性の脳と女性の脳は違う」
(
「男脳」「女脳」のウソはなぜ、拡散するのか (2ページ目):日経ビジネスオンライン 川端 裕人 2017年3月25日より)
最後の「男性の脳と女性の脳は違う」が今回の話。「脳に重要なすべては3歳までに決定される」は、直接やっていないものの、似たものでしたらいくつか書いていると思います。
一方、「人間の脳は全体の10%しか使っていない」「右脳人間・左脳人間が存在する」は、
脳は10%しか使っていない,右脳が芸術,左脳が論理的という迷信や
右脳派・左脳派なんかそもそも存在しないので、利き脳診断は大嘘など、メインで扱ったことがあるものでした。
●信じていたら恥ずかしい…男性脳・女性脳診断は大嘘 違いはあるがごくわずか
東京大学大学院総合文化研究科の四本裕子准教授によれば、男女の脳の違いとして語られる「男性の方が左右の脳の連携がよくない」という説には元ネタがあるそうです。1982年に『サイエンス』誌で発表された論文でした。
C DeLacoste-Utamsing, RL Holloway (1982) Sexual dimorphism in the human corpus callosum Science 1982;216:1431-2.
ただし、この論文のデータは男性9人、女性5人からしかとっていませんでした。これは、サイエンス=科学というレベルじゃなく、自由研究レベルです。サイエンス誌がこのような低レベルの論文を掲載したというのは信じられませんが、
血液型診断の祖・古川竹二の論文が予想以上にひどい 根拠以前の問題と似たような感じになっていました。
一方、四本裕子准教授は、性別によって差があることまでは否定していません。実際、そのような実験がありますし、
男性と女性の学力差 TOEICで大差、数学・科学・読解力で苦手なのは?で見たように、学力差も見られますので、差があることは間違いないと思われます。しかし、勘違いしちゃいけないのは、その差の大きさ。ごくわずかしか違わないんですよ。学力で言えば、女性の方が男性よりはっきりと読解力が高いことがわかっているものの、それ以上に個人の差の方が大きいです。
1VS1で比較した場合、女性より男性が勉強ができるというケースはいくらでもあります。何を当たり前を…という話なのですが、実は皆さんこれに引っかかってしまい、「女性は~だからあの人は~」という、適用できない理論を当てはめてしまうのです。
もう少しわかりやすくなるように、違う言い方をしてみましょうか。例えば、男性の国語のテストの平均点が55点で、女性の平均点が60点だったとします。これは男女で差が出ているように見えます。ただ、このことを元にして、Aくんは男の子なので女の子より点数が低い、Bちゃんは女の子なので男の子より点数が高いとは言えないという話。個人差の方がずっと大きいのです。
こうやって丁寧に説明していくと、やっぱり何を当たり前のことを…という話なのですけど、実際にはこの当たり前の考え方をせず、「男性は~」「女性は~」という事実ではない決めつけを普段言ってしまっている…というのが現実なんですね。
●男性脳と女性脳は確実に違う!92%の精度で男女を見分けることが可能
四本裕子准教授によれば、fMRI装置をスキャンしてみても、この部分が男女で形態的に違うみたいなことは見つからないと言います。ただし、「脳内部でのつながりの強さ」には、差があるとのこと。パターンの違いを学習したAIに分類させると、約92%の精度で男女を見分けることができます。
ところが、男女を見分けることができるというだけで、「こういった組み合わせで何が言える」というわけではなく、このことによって具体的にどのような差になっているかまではわかりません。しかも、これもやはり結局、前述の通り、個人差の方がずっと大きいだろうという話になります。
また、パターンで見分けられる程度の差という意味では、おそらく20代の人と30代の人、というふうに比べてもやっぱり差は出るだろうとのこと。「脳内部でのつながりの強さに男女で差があるから~」などという、皆さんが好きなズバッとした形にはならないのです。
●女性は家事向きの脳!普通の研究発表がいつの間にか男女差のデマに
しかし、そうならない研究でも、単純な話にしたがるというのが我々の困った習性。『PNAS(米国科学アカデミー紀要)』にある論文のプレスリリースが出てネットに広まったとき、「女性はマルチタスクにすぐれていて、男性は難しい課題に集中することができる。だから女性は家にいて家事をやるのが得意で、男性は外で仕事をするのがいいということがわかり、報告された」と言われました。
ところが、実際の論文は、fMRIを使った脳研究で、脳の中のネットワークが、女性は半球“間”のつながりがやや強くて、男性は半球“内”のつながりが強い傾向があるというだけ。マルチタスクも家事の話もなく、どうも話が広まるうちに、捏造されてしまったようなのです。
これらの話を紹介した記事は、"「男脳」「女脳」のウソはなぜ、拡散するのか"というタイトルでしたが、内容とは合っておらず、なぜ拡散するのかも書いていませんし、解決策も書いていませんでした。ただ、とりあえず、我々にこのようなことをしでかしてしまう習性があると、まず認めるべきでしょう。うちのタイトルに「信じていたら恥ずかしい」と入れちゃったのですが、批判したからと言って、解決する問題じゃありませんからね。
それを踏まえて対策をとるとすれば、研究結果から発展するであろうデマの形をあらかじめ予想し、プレスリリースなどのときにしつこいほど「~のような単純なことは言えない」と強調しておくことかなと思います。ただ、最近の研究の発表は、華々しく成果を強調する傾向が強まっており、わざわざ研究者あるいは研究機関の成果を小さく見せるような発表はしたくないだろうなぁとも想像。研究者の側にも問題がないとは言えないでしょう。
【本文中でリンクした投稿】
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脳は10%しか使っていない,右脳が芸術,左脳が論理的という迷信 ■
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